(文:佐々木れな)
政権のレッドラインを探る中国版ポリコレにせよ、試験対策にマストな習近平思想の丸暗記にせよ、キャリア形成に欠かせない共青団への参加にせよ、中国の多くの若手研究者にとっては「生活の知恵」に近いことがらだ。思想的な先鋭化とは別問題だが、中国発の知的アウトプットを精緻に理解するには、やはり日常化した自己規制や監視の影響を踏まえることが必要になる。
2024年5月から6月にかけて、約1カ月間中国に滞在した。大学の図書館で文献調査をすること、そして米中対立や東アジア安全保障といった自分の研究に近いテーマを研究する中国各地の教授とディスカッションすることが目的だった。南京大学からの招聘状もあり、さすがに拘束されることはないだろうと、緊張しつつも、見られるだけ今の中国を見ようという気持ちで渡航した。
今回の訪問中、南京、広州、厦門、北京、上海などを訪問し、中国の12の大学の教授・研究者・博士課程の学生と交流した。具体的な訪問先や研究者名は敢えて伏せるが、彼らは中国のエリートである。
中国のポリコレは“敏感”な問題
中国を訪れてまず驚いたのが、中国におけるポリティカル・コレクトネス(以下、ポリコレ)だ。ポリコレとは特定の集団・人物に対して不快感や不利益を与えないようにする行為のことで、基本的にはマイノリティに配慮することを指す。しかし、中国のポリコレは、マイノリティ配慮ではなく、中国共産党・中国政府の見解から逸脱しないことなのだ。
そして、このポリコレに抵触するかもしれない問題は、中国では“敏感”な問題と呼ばれる。“敏感”な問題は、台湾問題、ウイグル、チベットなどの民族・人権問題から、中国の富裕層の問題まで多岐にわたる。研究者がもう話したくないことを間接的に表現するときにも、「これは“敏感”な問題なので」とお茶を濁す。
研究者たちはどこがレッドラインなのか、慎重に見極めることに労力を使っているように見える。“敏感”な問題に関する論文を完成させたが、空気を読んで出すのを諦めたと話す教授にも出会った。また、政府見解と異なることを思っていても「自分の心のなかに仕舞っておく」と話す学者もいた。
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