ロシア軍を刺激したクルスク奇襲攻撃
図2は最近2年間のドンバス地域におけるウクライナとロシアの占領地面積の変化を表している。
青色はウクライナが占領地を奪還した面積、赤色はロシアが占領した面積を示している。
この図で一目瞭然なのは、8月から10月のロシアの占領面積が急増していることだ。
ロシアが今年ウクライナで獲得した面積の半分は、この3か月で奪取されたものだ。
思い出してもらいたい。ウクライナ軍は8月6日、ロシア領クルスク州に奇襲的な越境攻撃を開始した。その時を境にロシア軍の占領地域が増加したことになる。
図2:ドンバス地域における過去2年間の占領地面積変化
筆者は、過去の論考において、ウクライナ軍の奇襲的なクルスク越境攻撃はハイリスクな乾坤一擲の奇襲作戦だと主張してきた。
ウクライナ軍は当初、ほとんど抵抗を受けずにロシア領内に侵入し、東京23区の約2倍の面積を短期間に占領し、当初の作戦は成功した(図3参照)。
しかし、その後のロシア軍の反撃により11月初旬には占領地域の3分の1は奪還された(図4参照)。乾坤一擲の作戦のハイリスクな面が現実になったのだ。
図3:クルスク奇襲作戦当初(8月時点)のウクライナ占領地域
図4:11月2日時点のウクライナ占領地域
なお、図3は、ウクライナ軍総司令官オレクサンドル・シルスキー大将が公表した8月のウクライナ軍の占領地域(青い斜線部分)で、1262平方キロの面積で東京23区の約2倍の広さだった。
図4は、11月2日時点の状況だが、図3の斜線部分(1262平方キロの面積)の約3分の1(図4の赤色の部分)がロシア軍に奪還されたことを示している。
図2は、ウクライナ軍がクルスクを重視した作戦を行ったために、ロシア軍のドンバス地方の攻撃が進捗したことを明瞭に示している。