WBC、不振にあえぐ村上にかけた一言
日本代表にとっても、ムネにとっても苦しい時間。これを乗り越えるために、ふつうだったら改善点を見つけ、克服のための練習をする。
例えば、なりふり構わず「打って打って打ちまくって」修正していきたくなる。あるいは、コーチたちと気になる箇所を話し合って重点的にバッティング練習をする、ということをするかもしれない。実際、ムネはそうやってなんとか不振から抜け出そうとした。
それを見た翔平はムネに言った。
「なんでそんなに打つの?」
良くないのに、なぜやり続けるのか? その意図が、「たくさん打つこと」で自分の不安を消すとか、打てなかった時の言い訳になっていないか──。
後日、翔平になぜそんなことを言ったのか尋ねると、こともなげに言った。
「なんで悪くなるのか、という根本的な原因分析ができていないのにそれをやると余計に悪くなる。僕もそうやって打てない時に打ちまくっていて、これには意味がないってことがわかったから言っただけです」
これを聞いて翔平の「打者として」のルーティンに納得がいった。
彼はスタメンであっても、試合前に練習をほとんどしない。開始1時間前にちょっと体を動かす。その後は、試合まであと7分というところになってはじめて力を入れる。最初の3~ 4スイングだけ思い切りティーを打つ、一本だけ全力でダッシュする。これで、試合に向かう。
ふつうはできない。「DHの日は、休みなんで」と笑って言ったが、それも本心なのだろう。でもそれだけじゃなくて、長いシーズンでいかに結果を出し続けるか、コンディションを維持するか、という点で、翔平の中ではこれが「チームが一番、勝つ確率の高い」やり方なのだ。
そうでなければ、誰もが試合前に疑いなくやっている「バッティング練習」まで「やらない」という発想にはならない。
こうやって翔平は、いちいち、ケジメがついている。やれることだけをやっている。彼のすごさは、そこにある。
こういう態度こそが「。」をつける、と言える。
先にも触れたとおり、私自身が「。」をつけられないタイプだったからこそ、その重要性、翔平や一流選手たちの「やり切る」すごさを感じている。
ただ実際に選手たちにそれを求める時は、決して難しい要求をしなくていいと思っている。
「今日は笑顔で挨拶をします」、そう決めてその日の終わりには「みんなに笑顔で挨拶できました」と言えるようにさせる。これで十分、ひとつの「。」になる。
やり切ることは必ず自分に返ってくる。逆に「。」をつけられずに、全部が中途半端になって、どんなことも「流れて行ってしまう」選手も多く見てきた。
だから監督は、選手に「。」がついているかどうか見極めなければいけないし、できていないなら小さなことでもいいからできるように仕向けてやらないといけない。
(『監督の財産』収録「1 監督のカタチ」より。執筆は2024年4月)