「バレーノ」の苦い教訓を生かし日本仕様の成熟度向上
だが、商品の出来が平凡であればイメージだけを引き上げることはできない。スズキの開発陣はインドで販売されるフロンクスにさらに手を加え、日本の顧客の満足を得られるようにすることに腐心したという。
「好都合だったのは、フロンクスがインド市場をメインターゲットとしていたことです。インドでは後席の快適性がクルマの評価を分けるので、最初から後席をおろそかにしない設計になっていました。前席も後席も大事にして、前後間のコミュニケーションもスムーズ。乗り心地も良い。小型で経済的。そんなクルマに仕上がったと自負しています」(スズキのエンジニア)
実際、インド仕様からの変更点はAWD(4輪駆動)の新設のみならず、月販1000台という販売スケールとしてはかなり多い。ホイールハブを4穴からより締結剛性の高い5穴に変更。車体の補強による防振性、遮音性アップなど、大物の変更箇所も見受けられる。
日本仕様の成熟度向上にそれだけ心血を注いだのは、2016年に投入しながら鳴かず飛ばずだったインド製コンパクトハッチバック「バレーノ」の教訓もある。
鈴木社長はバレーノの敗因について、「日本のお客さまの求める仕様とちょっとズレていたかなというところがあった。新車のにおいが日本製と違うといった指摘もありましたし、販売店も慎重になっていました」と見解を述べた。
筆者はバレーノを800kmほどロードテストしたことがあるが、クルマとしてはなかなかよく出来ていた。強力無比で風量も信じ難いくらい大きな冷房が装備されているなど、インドならではの仕様が面白く感じられたりもした。
その半面、ドアの防水シールやレザーシートのミシン目が実用上問題ないながらも目で見て曲がっていることが分かる箇所があった、3気筒ターボエンジンにバランスシャフトが装備されておらずアイドリング振動が過大だった等々、クオリティー面で日本製に追い付いていない部分があったのも確かだ。
それから約8年後に出てきたフロンクスは、静的質感に関して当時から長足の進歩を遂げた感があり、発表会で実車をチェックした限り、バレーノのようなユルさは一切見いだすことができなかった。
「世界の拠点が同じクオリティーでクルマを作れるよう、人材の育成を含め継続的に取り組んできた。そのかいあって、日本製、インド製、ハンガリー製というのではなく“スズキ製”と言える体制を築けたと思う」(鈴木社長)
新興国への生産展開はスズキに限らず世界の多くのメーカーが行っているが、その際に苦労を強いられるのは品質管理である。本社の従業員を派遣し、付け焼き刃で場当たり的に品質を向上させるというケースも珍しくない。
もし鈴木社長が言うように生産管理、人材育成、資材調達など多角的にみて品質の均質性を実現できたとすれば、それは今後スズキのグローバル生産の強みになり得る。フロンクスはその試金石でもあるのだ。