スズキ 常務役員 次世代モビリティサービス本部長の熊瀧潤也氏(撮影:本永創太)

 インターネットへの常時接続機能を装備するコネクテッドカー。スズキは2021年12月に「スズキコネクト」をスタートし、コネクテッドカー向けのさまざまなサービスを提供している。サービスを開発するのは次世代モビリティサービス本部。2017年に前身組織が発足した時、スズキはコネクテッドカーの領域で大きく後れを取っていた。しかも新部署は、立ち上げからしばらくはたった一人の組織だったという。“一人部署”でサービス開発に着手した当事者、次世代モビリティサービス本部長の熊瀧潤也氏に、これまでの道のりを聞いた。(前編/全2回)

一人の部署は異例、その状況を「プラスに捉えた」

「営業企画担当だった頃にコネクテッド事業の調査を始めたところ、それを本業にしなさいと言われて“部”が作られました。でもメンバーは私一人。何をやるか決まっていないのだから人選はできない、まずは一人で活動しなさいということでした」

 静岡県浜松市にあるスズキ本社。熊瀧氏は、次世代モビリティサービス本部の前進組織が立ち上がった2017年当時のことをこう振り返った。

 同部の主な役割は、コネクテッドカーにまつわるサービスの構築、そして新規事業の開発である。代表的な実績が、2021年12月に開始したコネクテッドサービス「スズキコネクト」だ。通信機能によって車両とつながり、走行中の車両データや運転データの分析、それを活用したサービス提供を行う。スマホアプリによる車の遠隔操作や、大きな事故を検知した際に自動通報で救急車を呼ぶなどのサービスもある。

 この組織を一人から立ち上げたのが熊瀧氏だ。それまでキャリアの大半は海外営業だったが、2017年に転機が訪れた。自動車業界に「CASE(※)」の潮流が押し寄せる中、車両の通信機能に関するプロダクトを検討するチームに入ることとなった。

※今後の自動車開発の軸となる4領域を表す造語。Connected(コネクテッド)、Autonomous(自動運転)、Shared&Service、(シェアサービス)、Electric(電気自動車)の頭文字を合わせている。

「当時、スズキは他社に比べてコネクテッド事業の動きは遅れていたと言えます。他社はすでに戦略を打ち出していましたが、私たちは通信機能を使って何をやるのか、まだはっきり決まっていませんでした」

 通信機能を作るというお題はあったが、当時はそれをどう使うか明確に決まっていない。そこで営業経験が長く、ユーザーサイドの視点を持った熊瀧氏が入り、用途を考え始めたという。

 その後しばらくして、通信機能を軸にした事業を「部」として本格的に行うことになり、熊瀧氏がリーダーとなった。しかし、「やることが決まっていないのだから一人で活動しなさい」との指示を受け、メンバーを持たず始めることになったという。部の予算もゼロだった。「やることが決まればいずれ予算は付くと思い、ゼロのままで行うことにしました」。

 一人の部署はスズキでも異例だったが、熊瀧氏はこの状況を「自由に動ける」とプラスに捉え、外に知識を求めにいくことにした。「遅れている立場だからこそ、すでに他社で事業化したケースや、形作られたものを参考にすることができます。なりふり構わず先駆者に聞きに行きました」。セミナーやイベントなどに顔を出し、2年間でおよそ2000人と名刺交換を行ったという。