計画スタートから20~30年かかる「立体交差化」

 踏切事故や開かずの踏切対策の中で、もっとも有効的な手段とされるのが「立体交差化」だ。

 立体交差化は一度に数km単位で工事を実施するので、複数の踏切を一気に除去できる。そのため、それらの取り組みは連続立体交差事業と呼ばれ、①線路を高架化する、②線路を地下化する、③道路をオーバークロスさせる、④道路をアンダークロスさせる──の4パターンに大別される。

 現場の地形や周辺環境によっても状況は異なるため、どの立体交差化が最善の選択肢なのかについて鉄道事業者・地方自治体・周辺住民の間で協議することになる。だが、三者の見解が微妙にかみ合わず、長い時間がかかるケースも少なくない。

 立体交差化の費用は、政府・地元自治体・鉄道会社でおよそ3分の1ずつ負担する。立体交差化によって生まれたスペースは鉄道会社が所有することになるが、長細い地形のため再活用が難しい上、費用を負担する自治体のインセンティブも働きにくい。それも立体交差化が進まない一因となっている。

 立体交差事業には地元自治体の理解が欠かせないため、自治体にも積極的になってもらうべく、立体交差化によって生まれた土地の15%は公共目的に使用することが課されるようになった。これで自治体にもインセンティブが生まれ、踏切の除去は加速した。

 とはいえ、立体交差化のための工事は計画スタートから20~30年単位の期間を要することが当たり前となっている。

 例えば、阪神電鉄は西宮駅前後の高架化工事を開始する前から地元との協議を重ね、なかなか計画が進まなかった。話し合いが繰り返された理由は、同地が「灘五郷」と呼ばれる日本酒づくりが盛んなエリアだったからだ。特に西宮は宮水と呼ばれる美味しい地下水が採取できることでも知られていた。

 高架化工事は大きな杭を地中に打設しなければならないが、杭を打てば地下水にも影響が出る。工事によって地下水が汚染されることは地元の酒造メーカーにとって死活問題で、地域経済への打撃も計り知れない。そんな懸念から、1980年に着工した後も地元による経過観察が繰り返され、工事は慎重に進められた。

 阪神淡路大震災という災害が起きたこともあるが、この立体交差事業は工事だけで20年以上、計画段階から起算すれば約30年の歳月を要した。さらに、工事が完了してから数年後にも地元の酒造メーカーによって水質の確認がなされている。

 西宮は地下水に配慮しなければならない特殊なケースだが、そういった事情がなくても立体交差事業は容易にはできない。

 東京でも田端駅―駒込駅間に山手線唯一の踏切があり、2005年前後から同踏切を廃止するべく跨線橋(こせんきょう)が計画された。しかし、跨線橋の架橋には周辺道路の拡幅など事業用地の確保が不可欠なため、立体交差化は着工されず、同踏切は現時点でも廃止に至っていない。

 同踏切の立体交差化が完了すれば山手線は全線で踏切がなくなり、自動運転化の実現ハードルも大幅に下がる。昨今の鉄道業界では運転士不足を補うため自動運転化に積極的に取り組んでいる。山手線の踏切除去はその試金石ともいえるだけに、JR東日本にとっても踏切除去の優先順位は高いはずだが、それでも思うように立体交差化は進んでいない。