『マネジメント』(ダイヤモンド社)をはじめ、2005年に亡くなるまでに、39冊に及ぶ本を著し、多くの日本の経営者に影響を与えた経営学の巨人ドラッカー。本連載ではドラッカー学会共同代表の井坂康志氏が、変化の早い時代にこそ大切にしたいドラッカーが説いた「不易」の思考を、将来の「イノベーション」につなげる視点で解説する。
連載第3回は、「予期せぬ成功」をつかみ、イノベーションにつなげるヒントを紹介する。
イノベーションを起こすための魔法のような方法
こんな無体な要求が上から降りてきたことはないだろうか──。
「リスクがなく、コストもかからず、しかも短期間でイノベーションを達成してほしい」と。
どこにそんな都合のいいイノベーションがあるだろうか。もし、そんな魔法のような方法があれば教えてほしいものだ。だが、実はあるのだ。ドラッカーが教えてくれている「予期せぬ成功」(the unexpected results)がその答えである。
彼は、「イノベーションは常に誰にでも起こせる」という確信の持ち主である。運のいい人、優秀な人、目端の利く人だけが起こせるというものではない。イノベーションとは、そんなばくちみたいなものではないというのが彼の考えだ。
では、「予期せぬ成功」をつかむにはどうすればよいか。第一に大切なのは、unexpected、すなわち「予期していなかったこと」「期待していなかったこと」を徹底的に探すことである。思いもよらない形で成功がもたらされたことはなかったか。あたかも、ボールが自らグローブに飛び込んでくるみたいに。
「そんなことがあるのか」と思うかもしれない。だが、実はこれがしょっちゅう起こっている。むしろビジネスの現場では、計画通りに進むことの方が珍しい。クライアントは常に予想外の反応を示す。満を持して投入した製品が空振りすることもあるし、誰も見向きもしなかった製品が、なぜか特定地域でヒットすることもある。
そんな「謎」を探せとドラッカーは言う。それこそが追求すべき機会であり、イノベーションの種なのだと。
ドラッカーはこのような例を『イノベーションと企業家精神』(ダイヤモンド社、1985年)をはじめとする著作で山のように紹介している。例えば、ある製薬会社が開発した部分麻酔薬は、医療の現場での受けはぱっとしたものではなかったが、意外なことに歯科治療で取り入れられ、大きな成功を収めた。歯の治療に部分麻酔はなくてはならないものだからだ。
ドラッカーが強調するのは、満を持して投げたボールも、ストライクかどうかを判断するのは、あくまでも顧客ということだ。会社の内部にいる人がどんなに「すごいボールだろう」と自信を持っていても、顧客からしてみたら何の意味もないし、時には迷惑にさえなる。
だから、ドラッカーは、「予期せぬ成功」はたいていは気付かれもせずに、見逃されてしまうという。それどころか、気の毒なことに、目の敵にされ、迫害され、追放さえされるという。なぜか。「予期しなかったこと」それ自体が、当事者のプライドを打ち砕き、不愉快にさせるからだ。
想像してみてほしい。心から価値があると信じているものが、訴えかけたい層からは見向きもされず、想定外の層から熱烈に受け入れられる様を。それは決して、あまり気持ちのいいことではないだろう。
だが、ドラッカーはそんな時こそ、機会が潜んでいると強調してやまない。製品やサービスの価値を判定するのは、あくまでも顧客なのである。顧客が自分の知らない価値を教えてくれているのなら、そちらにさっさと目を向けた方がよかろう。