日本と米国の自動車貿易摩擦が激化した1980年代。大学卒業後渡米して米フロリダ州で就職、知事室、商務省に勤務していたサム田渕氏は、日本およびアジアからフロリダへの外国直接投資促進に携わる一方、米国籍を取得して米代表通商部(USTR)の特別補佐官として通商産業省(当時)、自動車メーカーとの交渉で活躍した。
米国の政治、経済のコアを知る田渕氏が、「日本人にこれだけは伝えたい」という思いで執筆した『日本はなぜ世界から取り残されたのか』(PHP新書)には、アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、そして日本の33人のエリート層から見た日本の長所、短所の指摘とともに、母国の内向き志向=「ジャパニズム」への強い危機感が示されている。(前編/全2回)
■【前編】日本のリーダー層に決定的に欠けている学びとは? 世界のエリート33人に聞いた「日本衰退の要因」(今回)
■【後編】知事の言葉が人生の指針に、東洋大名誉教授サム田渕氏がフロリダで学んだ日本人に足りない「正しいことをやる」精神
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者をフォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから
外国人にどんな印象を与えるかを全く考えていない人たち
――日本人の思考の型を「ジャパニズム」と名付けて、欠点を痛烈に書かれていますね。
サム田渕氏(以下敬称略、田渕) 自分も日本生まれの日本育ちの「日本人」ですから、美点がたくさんあるのは知っています。ですが、内向き志向、日本人同士で仲良くしていればいい、という考え方の強さが、グローバル化の中でいよいよ弊害になってきたなと危惧しているのです。しかし、国内だけ見ていたのではそれに気が付くことができません。自分の、30年超のアメリカ滞在で得た経験、思考が役に立つのではないか、と考えて、この本を書きました。
――ジャパニズムとは、具体的にはどのようなことでしょうか?
田渕 日本の共同体が作り上げたシステム、文化です。例えば官民一体の経済政策遂行で日本が世界2位の経済大国に成長したり、また高い教育水準を達成したのは、ジャパニズムによるものです。しかし、日本のリーダーたちはその成功の上に胡坐(あぐら)をかいて、先を見据える政策を取らなかった。その間に日本は世界から取り残されたのです。
世界を学ぶことを忘れたのは政治家だけではありません。企業では、先達たちが果敢にリスクを取って勝ち取った成功を、ただ守ろうとする意識が強まり、挑戦心を忘れました。教育もそうです。日本人が創造的なことや英語が苦手なのは国民が勉強していないのではなく、ちゃんとした教育をしていないからです。
さらに言えば、今、日本の労働力は不足しています。しかし、共同体をひたすら守ろうとするあまり、外国からの労働者を受け入れない政策を採っています。これがどういう事態を呼び込むか。
例えば僕は米国籍を取得して44年になります。日本に帰国してからもずっとアメリカ人として生きているので、日本で暮らすためには在留資格を持っています。ビザ(査証)は、外国人が日本に入国する前に海外の日本大使館・日本領事館から出される3カ月限りのものですが、 在留資格は日本入国後に法務省入国管理局が許可するもの、なんですね。
これを取得するのにいくらかかるかご存じですか。5年ごとの更新なのですが、私は10万円払いました。そして時間もかかります。去年の12月に頼んで、半年かかっています。これは、この国で働いている外国人に対して、政府が「あなた方には日本に住んで働いてほしくない」と言っているようなものです。人が足りない、外国人労働者が日本に来てくれない、と悩んでいるのに、おかしな話です。しかも、取得を待っている間、私は海外に出て仕事をすることはできません。
だけど、こういうことは日本人として日本で暮らしていると体験する機会はありませんよね。ですので「おかしいな」と気付けない。
日本に経済力があった頃は、ある意味、唯我独尊で振る舞っても人は来てくれたし、モノも入ってきました。今は日本経済低迷で通貨が安く、日本旅行はバーゲンです。国力が衰えてくれば、相手がどう考えるかを読み、正しい対応をしなければ、行先はいくらでもある、とスルーされるようになります。昔はまず横浜港に運ばれてきたグレープフルーツが、韓国の港に先に行くようになり、そこで仕分けされ日本へ送られます。今は最も品質が高いフルーツの行き先は中国です。
日本に帰ってきてから、日々、そんな状況を目にするようになりました。海外で普通になっていることが、この国では誰も知らない。自分が外国人として日本で体験していることが、世界で見るといかに特殊か、そのせいで日本がいかに損をしているか。
正しいかどうかということよりも、知らないことが原因で、実際に海外との交渉や人材確保などで、不利な立場に自らを置いてしまっているんです。
それをなんとか知ってほしいと思って、この本を書きました。私の個人的な体験で言っていると思われては心外なので、マハティール・ビン・モハマド閣下(元マレーシア首相)を含む、知人の世界のエリートたちにアンケートを取って、なぜそういうコメントが寄せられるのかを解説しています。