写真提供:日刊工業新聞/共同通信イメージズ

 今や「衰退するかつての先進国」と語られる日本。「失われた30年」を経て、少子高齢化、政府の債務、賃金水準の低迷といった厳しい現実に直面している。とはいえ、人口が世界12位なのにGDPは世界4位の経済大国だ。ということは、日本には独自のビジネスの強みがあるに違いない――。

 本連載では、一橋大学経済研究所や日本銀行、経済産業省、財務省で研究員・客員教授を歴任したウリケ・シェーデ氏(現・カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル政策・戦略大学院教授)の著書『シン・日本の経営 悲観バイアスを排す』(ウリケ・シェーデ著、渡部典子訳/日経BP日本経済新聞出版)から、内容の一部を抜粋・再編集。「変貌を遂げ再浮上する日本」にスポットを当て、その立役者である成功企業の強みを分析し、学びを得る。

 第3回は、既存事業に安住することなく中核事業を繰り返し再興した企業の戦略的思考について、「イノベーション・ストリーム・マトリックス」を用いて解説する。

<連載ラインアップ>
第1回 キーエンス、ファナックなど優れた「シン・日本企業」に共通する7つの「P」とは?
第2回 市場変化の「不意打ち」に備え、キーエンスとファナックが取っていた共通の対策とは?
■第3回 富士フイルム、AGC、イビデン…「シン・日本企業」は、なぜ中核事業の再興を継続できたのか?(本稿)


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イノベーション・ストリーム・マトリックスによる長寿化

シン・日本の経営』(日本経済新聞出版)

 前向きなビジネス展開に関する戦略的思考には終わりはない。それはたゆまぬ努力を続けることだ。舞の海が同じ技に安住し繰り返し使うことができなかったように、国際競争力のある企業であっても、競合他社より優位に立ちたいならば、常に新しい事業セグメントを「探索」し続けなければならないだろう。

 ボックス1のみにとどまっている企業はいずれ成熟し衰退していくだろう。これはあらゆる業種に当てはまることだ。航空会社は少なくとも部分的にVR(仮想現実)ツーリズムに、ホテルはエアビーアンドビー(民泊サービス)に、タクシーはウーバーに取って代わられるかもしれない。こうした業界の企業はいくつかのトレンドを見通して、この新しい競争で先手を打つために新しいビジネスモデルを模索していたことだろう。

 こうした拡張は将来への投資となる。最終的にボックス1から撤退し、かつてのボックス4が新しい中核事業、つまり新しいボックス1になる。下の図はこの移行を示したものだ。これは現在進行系であり、多くの日本企業がすでに経験してきた。

 なかには、ボックス1から抜け出せずに最終的に屈する企業も出てくるだろう。しかし、第2章で取り上げたように、たとえ選択肢が少ないという理由であるにせよ、イノベーション戦略を見直す日本企業は今増えつつある。自動車会社、特にトヨタは自動車販売よりも、「MaaS」(モビリティ・アズ・ア・サービス)の提供者になることを検討している。

 スーパーマーケットや外食チェーンは高度な物流などに投資を行ってきた。リクルートは人材紹介会社からGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)と同じ土俵でAI(人工知能)サービスをめぐって競争する方向へと移行している。最近の新聞を読めば、こうした記事が多数見つかる。

 すでに中核事業の再興を繰り返してきた一例がイビデンだ。1912年に岐阜県大垣市で揖斐川電力株式会社として創業し、その後数十年で、発電から電炉製品(1917年から1919年)、建材(1960年)、プリント配線板(1972年)、セラミックファイバー(1974年)へとピボットし、社名を何度も変更しながら発展してきた。

 イビデンは今日、電子部品とセラミックスの企業として、コンピュータ、データセンター、半導体用パッケージ、自動車部品などの業界に素材を供給している。半導体の成形、積層、微細配線技術で世界をリードし、第3章で紹介したバブルチャートのドットの1つを構成している。

 2022年度の年間売上高は約4000億円、営業利益は約700億円(営業利益率17.5%)であり、東証プライム市場に上場している。このように、イビデンは110年を超える歴史の中で、コア・コンピタンスの最先端技術を押し広げることで、新しい技術や市場へと絶えずピボットしてきた。