職場の信頼資産を蓄積するために

 明日からすぐできることは、カスハラが「起こった後の対応」を変えることである。現場では、カスハラが起こって初めて「会社が困ったとき何もしてくれないことがわかった」ということがよくある。カスハラ発生が、「会社からのサポートの無さ」を従業員に知らしめる機会として作用してしまうのだ。

 カスハラという事象は、「事件」のような単発的出来事として処理されやすい。会社はカスハラを忘れ去るのではなく、信頼を蓄積するための「好機」としても活かしていく視線が必要になる。

 実際データを見ても、会社対応の有無によって、従業員の会社への信頼度は極めて大きく変化していた。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではないが、カスハラが解決したことに安堵してしまい、こうした機会を逸し続ける企業は残念ながら多い。

 また、上司のマネジメントも重要だ。信頼度が高い上司は、部下の「成長」への志向性が高く、傾聴・観察、成長支援などのマネジメント行動を日々実践していた。つまり、日ごろから部下の言動を観察し、成長をサポートするようなマネジメントができているかが、その上司への信頼を左右しているということである。ぜひ企業内の店長・上司トレーニングに組み入れたい内容だ。

カスハラとは「外からやってくる厄介ごと」ではない

 カスハラ対応を3つの方向から簡単にまとめたが、今もなおカスハラ対策への日本企業の動きは鈍い。先ほどの調査ではカスハラ予防・解決策は、「実施されていない」が4割を超え、多くの企業では実施していないか、従業員に認知されていないレベルでしか行われていない。

出所:パーソル総合研究所『カスタマーハラスメントに関する定量調査拡大画像表示

 先ほどの「カスハラに強い」職場づくりを合わせて考えれば、日本企業の病理とも言える、サービス業における「ピープル・マネジメントの軽視」という影が見えてくる。90年代以降、日本のサービス業は現場の人員を非正規雇用で埋め合わせることを推し進めた。会社によっては、店長・現場長までも有期雇用の会社もある。

 日本的雇用の特徴は、正規雇用と非正規雇用の間の大きな「育成」格差である。デフレ経済下の価格競争の中で、多くのサービス業は売り上げノルマのトップダウン管理を発達させることで利益を得てきた。そのような育成目線を欠いた人材マネジメントが、「カスハラに弱い」職場を大量に作り出してきたとも言えよう。

 このように考えれば、カスハラとは決して「外部からやってくる厄介ごと」ではない。それは、日本のサービス業全体にはびこってきた企業経営内部の問題として捉え直される必要がある。「ソトの人」を顧客にしつつ、「ナカの人」を軽視することで利益を生み出そうとする姿勢そのものが、カスハラ対応を機に見直されるべきなのだ。

 筆者は、カスハラへと人手不足が同時に世間の耳目を集めている今こそが、こうした体質を変えるための千載一遇のチャンスだと考えている。研修訓練の拡充や会社対応、トップメッセージ、参考文献の配布など、コストをかけずにできる施策も、今ならば組織運営の俎上に載せやすいからだ。そしてその議論は、「カスハラ対応」という狭い領域を超えて、人材マネジメント全体の向上を目指して行われるべきだ。

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(1)「カスハラは老害」のウソ、被害が「増える」本当の理由…3つの火種と広がる着火点