ダイアナ妃の事故死で告発が「お蔵入り」

 アルファイド氏の性的暴行疑惑は、1997年、大々的に報じられるチャンスがあった。その2年前、米ヴァニティ・フェア誌はアルファイド氏がハロッズのオーナーとなって以来、人種差別や不当解雇などにより多数の訴訟が起こされたことや、従業員の盗聴など「恐怖経営」を行っているなどという内容を含む特集を掲載した。

 アルファイド氏側はヴァニティ・フェアに対し法的措置を講じた。この際、アルファイド氏について弁護士とともに詳細な調査を行った同誌の英国編集者は、アルファイド氏による深刻な性的虐待の証拠などを掴んでいた*3

*3‘Remorseless, ruthless, racist’: my battle to expose Mohamed Al Fayed(The Guardian)

 裁判で勝利し得る大量の資料を有しながら、97年夏ごろ、アルファイド側は和解に向けて動いていた。編集者はジャーナリストとして、アルファイド氏の所業を過誤することをよしとしなかった。しかし、1997年8月31日、ダイアナ元妃とドディ・アルファイド氏が事故死。「悲嘆に暮れる」父のアルファイド氏への敬意を示すとして、ヴァニティ・フェアの所有者がこの件の打ち切りを命じたという。

 編集者は別途、この件を記事化すべきだと訴えたが、実現しなかった。今回のBBCの番組には、お蔵入りとなった当時の資料が役立てられているのだという。しかし、当初の調査から2010年にアルファイド氏がハロッズを手放すまで、被害者が増え続けていたことは許されがたい。

 ジミー・サヴィルやジャニー喜多川、そして、モハメド・アルファイドは、その死によって罪から逃げ切ったかもしれない。この3人には、よく共通して呼ばれている呼称がある。「Sexual Predator」である。

 今回のBBCの番組には「アルファイド・ハロッズのプレデター」というタイトルが付けられている。プレデターは「捕食者」と訳され、sexualと付くと性的暴行を働くものを表す。個人的には、彼らを総称して「ケダモノ」が相応しいと感じられる。

 アルファイド氏は死去したが、性的暴行に加担した関係者の中には、現在も存命の者がいるはずだ。勇気を奮い起こして告発を行った女性たちのために、アルファイド氏の犯罪に少なからず加担した人物らが遠からず、適切な司法の裁きと社会的制裁を受けることを切望する。

楠 佳那子(くすのき・かなこ)
フリー・テレビディレクター。東京出身、旧西ベルリン育ち。いまだに東西国境検問所「チェックポイント・チャーリー」での車両検査の記憶が残る。国際基督教大学在学中より米CNN東京支局でのインターンを経て、テレビ制作の現場に携わる。国際映像通信社・英WTN、米ABCニュース東京支局員、英国放送協会・BBC東京支局プロデューサーなどを経て、英シェフィールド大学・大学院新聞ジャーナリズム学科修了後の2006年からテレビ東京・ロンドン支局ディレクター兼レポーターとして、主に「ワールドビジネスサテライト」の企画を欧州地域などで担当。2013年からフリーに。