「エジプトの由緒ある家柄出身」は「全くの嘘」

 アルファイド氏はかつて2度、英国籍取得を試みたが拒否されている。1999年、2度目の失敗の際もアルファイド氏は激怒していたというが、当時のタブロイド紙は、同氏が「英国籍を取得するに相応しくない人物」と結論づけたという政府筋の話を引用している。

馬術イベント「ロイヤル・ウィンザー・ホースショー」でエリザベス女王(当時)に同行するアルファイド氏=1996年(写真:Ian Berry/Magnum Photos/アフロ)

 老舗の百貨店オーナーという立場の人物像が英国に相応しくない、とは一見矛盾するように見える。しかし、アルファイド氏には経歴詐称疑惑や、ビジネス上の問題などが指摘されていた。

 英スカイニュースなどが指摘していることだが、アルファイド、という名前の「アル」は、敬称として用いられるものであり、その権利もないのに、70年代に英国に移住した同氏が勝手に付け加えたものだという。

 ハロッズ買収に絡み、事後アルファイド氏の経歴を調査した当時の通商産業省は、80年代に同氏が作り上げた「エジプトの由緒ある家柄出身」というイメージは「全くの偽物」だったと報告している。このため、アルファイド氏は「エセファラオ」などと揶揄されたこともある。実際は小学校教師の息子で、地元アレクサンドリアの路上でジュースを売っていた過去が明らかとなった。その後ミシンのセールスマンなどを経て、富豪にのし上がった。

1997年8月、南仏でバカンスを楽しむダイアナ元妃とアルファイド氏の息子ドディ氏(写真:ロイター/アフロ)

 アルファイド氏の飛躍を可能にしたのは、最初の結婚を通じてサウジアラビアの武器商人の義兄弟となったことだ。(最初の妻の生年月日が不明なため、義兄か義弟かは未確認である。)その後、巧みにブルネイ国王やハイチの大統領など権力者に近づき、コネを通じて莫大な富を築いた。

 ダイアナ元皇太子妃が、アルファイド氏の息子・ドディ氏と初めて出会ったのは1986年だったと言われている。しかし、当時のチャールズ皇太子との離婚後の1997年、ダイアナ元妃とドディ氏が南仏で共に夏のバカンスを過ごすようお膳立てしたのは、アルファイド氏だったと伝えられている。