裏話、ビジュアルに苦心の跡

 かつてのスポーツ紙では、こうした節目の記録が誕生した際、最も選手と「距離」が近い記者が在籍する媒体の紙面に「独占手記」が掲載されることが多かった。しかし、原則的に個別の取材に応じない大谷選手には該当せず、現地で取材する番記者たちの苦悩を物語る紙面にもなった。

 各社の担当記者らが裏話などを紹介するコラムを書いているが、大谷選手の日々のニュースをチェックしている読者からすれば、驚くような新たなエピソードが盛り込まれた内容は見当たらなかったはずだ。

 大谷選手の記録の裏側に迫るために各社が尽力したのが、かつての恩師や関係者への取材と言えるだろう。

 スポニチ、報知、デイリー、サンスポ、東京中日スポーツ、さらに一般紙の朝日、読売を加えた7紙が、大谷選手がプレーした日本ハムと昨春の「ワールド・ベースボール・クラシック」(WBC)日本代表で監督を務めた栗山英樹氏が取材に応じた関連記事を掲載した。他にも、ソフトバンクの王貞治球団会長や母校・花巻東高(岩手)時代に指導した佐々木洋監督らが取材に応じており、関連談話の数の多さが目立った。

 スポーツ紙はビジュアルでも差別化を狙った。

 最も印象的なのは、サンスポが51本塁打、51盗塁を時系列で1カットずつの写真をずらりと並べた紙面だ。下に広告が入っただけで、記事は一行もなかった。

 スポニチはこの日の試合に特化し、大谷自身初となった1試合6安打(3本塁打を含む)の場面と2つの盗塁を2~3面で見開いて写真掲載した。

 記録に関しては、朝日新聞が、シーズン50本塁打を記録した大リーガー約30人のうち、アジア出身者が大谷選手ただ一人だったことを強調した。

 また、大谷選手の思考や行動パターンを2018年からの発言に着目し、分析をしてきたという追手門学院大の児玉光雄特別顧問(臨床スポーツ心理学)が、「結果を二の次と考え、球をバットの芯でとらえて一定の角度で飛ばすことだけに集中している」という大谷選手に関する分析内容を紹介。「打率3割を目指す選手は、3割を超えると3割を維持することで精いっぱいになる」との例を挙げ、大谷選手が全打席で本塁打を狙う意識がなければ、シーズン50本塁打は成し遂げられなかったとの見解も記事にした。

 社会面の記事では、読売新聞が手厚い取材網を背景にドジャースの地元・ロサンゼルスの日本人街リトル・トーキョーや、大谷選手の故郷である岩手県内、さらには大谷選手が昨オフに野球グラブ3個ずつを寄贈した全国の小学校約2万校の中から都内の児童の喜びの声を拾い上げていた。

田中 充(たなか・みつる) 尚美学園大学スポーツマネジメント学部准教授
1978年京都府生まれ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程を修了。産経新聞社を経て現職。専門はスポーツメディア論。プロ野球や米大リーグ、フィギュアスケートなどを取材し、子どもたちのスポーツ環境に関する報道もライフワーク。著書に「羽生結弦の肖像」(山と渓谷社)、共著に「スポーツをしない子どもたち」(扶桑社新書)など。