土壇場で「痛恨のミス」も…
4日後の4月24日、羽毛田が契約書などに次々と署名押印し、海喜館に「売買予約」の仮登記が設定された。それと引き換えに、積水ハウスは手付金12億円分の預金小切手を振り出している。さらに、1カ月後、積水ハウスによる海喜館の「内覧」が実施された。ところが、羽毛田はボロを出しそうだからと、体調不良を理由に欠席する有り様だった。
折しも、その時期、積水ハウスには怪文書が送りつけられていた。差出人は「海老澤佐妃子」で、「不動産を売るつもりはなく、4月24日の仮登記は無効」と書き記されていた。
それについて、羽毛田は次のように供述している。
〈(5月23日、不動産売買の立会人である)栃木弁護士の事務所には、私、小山さん、栃木弁護士のほか、生田さん、近藤さん、(略)「取締役」だったような記憶ですが、積水ハウスの偉い人も来ていたと記憶しています。そして、事務所の中では怪文書のことなどが話題に上りました〉
そのときに、積水ハウスの「偉い人」は羽毛田に対し、怪文書を出していないことの証拠として、「自分が書いたものではない」との書面にサインを要求している。
怪しさ満点なのは間違いないにもかかわらず、売買協議はそのまま続行された。
〈(5月31日、栃木弁護士の事務所で)登記に必要な書類の作成が行われました。私は海老澤さんになりすまし、書類に海老澤さんの名前を書いたり海老澤さんの印鑑を押しました。(略)書類には、干支に○を付けるところをありますが、私は「酉」に○を付けた後、司法書士に誤りを指摘されて、「申」に訂正しました〉
なんと、干支を間違えるという失態を犯しても、なおもなりすまし役としての化けの皮は剥がれなかったのである。
その翌日、積水ハウスの入居する新宿のビルで、「本契約」が締結された。
〈私は、小山さんと一緒に集合場所の会議室に行きました。(略)すぐに、登記申請が受理されたとの連絡が入りました。その後、積水ハウスが海老澤さんの土地の代金として支払う預金小切手の確認が行われました。(略)預金小切手は(積水ハウスの)小田さんから生田さんに渡され、生田さんが自分の取り分の小切手をとって、栃木弁護士に渡し、栃木弁護士から私に渡されたと思います。その後、すぐに私は、隣に座っていた小山さんに全ての預金小切手を渡しました〉
積水ハウスが55億円もの大金を騙し取られた瞬間だった。
ほどなく、海喜館の真の所有者が判明し、詐欺であることが発覚。最終的に、地面師グループ17人の手が後ろに回った。しかし、預金小切手は複雑な経路を辿って換金されたと見られ、もはや回収は不可能だ。
19年7月、羽毛田は東京地裁で懲役7年の求刑に対し、懲役4年の判決を言い渡された。彼女は死別した夫との間に6人の子どもを持つ身だった。金欲しさからなりすまし役を引き受け、手にした報酬はわずか100万円。華麗でドラマチックに大金をせしめることもなく、地面師の女は実に割の合わない商売なのである。
(文中敬称略)