利権と化した南海トラフ地震対策

 南海トラフ地震の発生確率の算定方法についても重大な疑義が生じています。

『南海トラフ地震の真実』(東京新聞)の著者である小沢慧一氏は、地震調査委員会が南海トラフ地震の発生確率を検討した会議の膨大な議事録を読みました。

 その結果わかったのは、南海トラフ地震の発生確率には特殊なモデルが用いられていたことです。

 2018年2月、地震調査委員会は南海トラフ地震が30年以内に発生する確率を「70%程度」から「70~80%」に変更しましたが、高い確率を出す計算モデルを採用することに「科学的に問題がある」と猛反対する地震学者たちがいたというのです。

 反対した地震学者の主張は以下のとおりです。

「南海トラフ地震だけ予測の数値を出す方法が違う。あれを科学と言ってはいけない。地震学者たちは『信頼できない』と考えている。他の地域と同じ方法にすれば20%程度に落ちる。同じ方法にするべきだという声が地震学者の中では多い」

「個人的にはミスリーディングだと思っている。80%という数字を出せば、次に来る大地震は南海トラフ地震だと考え、防災対策もそこに焦点が絞られる。実際の危険度が数値通りならいいが、そうではない。まったくの誤解なんです。数値は危機感をあおるだけ。問題だと思う」

 地震学者はデータ不足についても指摘しました。

「室津港1か所の隆起量だけで、静岡から九州沖にも及ぶ南海トラフ地震の発生時期を予測していいのか」

「このモデルのデータは宝永地震と安政地震と昭和南海地震の3つだけ。圧倒的にデータが不足している」

 小沢氏の独自調査により、元々のデータ自体の信頼性が低いこともわかっています。

 しかし、地震学者の正論に待ったをかけたのは、行政担当者や防災の専門家でした。彼らは「今さら数値を下げるのはけしからん」と猛反発しました。

「現在のモデルでやれば2040年頃だが、他と同様のモデルにすると地震発生は今世紀後半になってしまう。巨大地震への危機感が薄れてしまう」というのが表向きの理由ですが、本音は「発生確率が低下すると南海トラフ地震関連の予算が減ってしまう」ことへの懸念だったと思います。

 南海トラフ地震による災害規模は220兆円と言われており、東日本大震災の被害総額(約20兆円)の10倍以上だとされています。

「南海トラフ地震の危機が迫っている」と言うと予算を取りやすい環境にありました。

 南海トラフ地震対策は2013年度から2023年度までに約57兆円が使われ、さらに2025年度までに事業規模15兆円の対策が講じられる国土強靱化計画の重要な旗印の1つで、地震調査研究関係予算は年間約100億円が使われています。

 これまでの前提が崩れてしまえば、「飯の食い上げ」だというわけです。

 心ある地震学者からは「科学と防災をちゃんと分けないと、科学者はいずれ『オオカミ少年』と呼ばれてしまう。政府が間違った道を進もうとしているときは、突っ込みを入れる人が必要だ」との声が聞こえてきます。

 残念ながら、南海トラフ地震対策は利権の道具にされているようです。

 この章を閉じるにあたって一言付け加えておきます。結局、南海トラフ地震は地震関係の研究者なしで決められたことです。つまり科学者を置き去りにして世相は進んでしまったのです。

 次回は角田氏が長年提唱してきた熱移送説について説明します。

【連載:南海トラフ地震は起きるのか】
1)プレート説は現代の「天動説」、まるで宗教…日本の地震学は50年を無駄にした
2)プレートは何枚?なぜ沈み込む?そもそも大陸はプレート説どおりには動いていない
3)発生確率「30年以内に70〜80%」は怪しい、巨額対策予算はもはや利権化
4)地震は「プレートの移動」ではなく「熱エネルギーの伝達」で起きる!熱移送説とは(9/24公開)
5)富士山は当面噴火しない!首都圏で巨大地震のリスクが高いところは?地図で解説(9/26公開)
6)西日本・九州・北陸・東北…本当に危ないのはココ!熱移送説が明かす「地震の癖」(9/28公開)

藤 和彦(ふじ・かずひこ)経済産業研究所コンサルティング・フェロー
1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(エコノミック・インテリジェンス担当)。2016年から現職。著書に『日露エネルギー同盟』『シェール革命の正体 ロシアの天然ガスが日本を救う』ほか多数。