ここまで書いて、沖縄慰霊の日に沖縄県の玉城デニー知事が発した平和宣言を思い出した。

 彼はスピーチの中に沖縄の言葉、しまくとぅば、そして英語を採り入れる。

 今年は「わったー元祖んかい誇ないる沖縄あらんとーないびらん/わったーや近隣ぬ諸国とぅ交流っしちゃるたみ、信頼関係ぬ仲までぃ積み上ぎてぃちゃる歴史ぬあいびーん」などと。

 わたしにはその言葉の意味が、説明なしには理解できない。だが、多くの本土の人間にとって、言葉が分からないということ以上の「断絶」が存在していることをわたしは知っている。自分自身の中にあるそれも否めない。言葉を理解しようと努めることで、前述の友人の言葉を借りるならば、沖縄で生活している人が考えていることに少しでも近づき、そして沖縄のリアリティと向き合いたいと、わたしは思う。

その土地の言葉でしか伝わらない感情がある

 なんでもかんでも中央(東京)の理屈が幅を利かせ、地方取材網をバサバサ削り取っていく経営方針と、「わかりやすさ」という大義名分の元で、東京のフィルターをいったん通さないと地方発のニュースすら伝えられないような価値基準に嫌気がさして、わたしは全国紙の記者を辞めた。

 いま、広島では、「ヒロシマの心」とは原爆投下責任を不問にする「許す心」であるかのごとく、アメリカに媚びる権力者の思惑によってすり替えられつつある。だが、誰しもが理解しやすい、漂白された言葉を安易に用いるのではなく、この土地、この地面から湧き上がってくる、声を奪われた人たちの声に耳を澄ませ、代弁し続けたい、と、友人からのメッセージを読みながら、心を新たにした。