上記の方針に従えば、この京大教授の場合、BMJが出版する媒体に論文が掲載されることはないはずだ。ところが、同教授は2015年以降、11報の論文をBMJが出版する媒体に発表している。うち4つはタバコに関連するものだ。2022年3月には「職場での禁煙政策が、コロナパンデミック中の紙巻タバコの受動喫煙、加熱タバコからのエアロゾル暴露に与える影響(Impact of workplace smoke-free policy on secondhand smoke exposure from cigarettes and exposure to secondhand heated tobacco product aerosol during COVID-19 pandemic in Japan: the JACSIS 2020 study)」という論文を『BMJオープン』誌に発表した。

 なぜ、この教授の研究が、『BMJオープン』誌に掲載されたのか。それは、この論文の利益相反の項目にはシミックの名前があるだけで、PMJはなかったからだ。

 これは悪質である。医師として絶対にしてはならないのは、患者をだますことだ。タバコ会社から資金をえながら、その関係を隠してタバコに関する論文を発表するなら、医師の職業規範にもとる行為である。そのことが、英国からの発信をきっかけに世界中から非難を浴びた。

 私は、京都大学、関連学会、厚労省、そしてメディアの動きをフォローした。ところが、総合情報誌『選択』が8月号で報じただけで、他は沈黙を貫いた。

 関係者は、なぜ、議論しなかったのか。世界的たばこ企業のPMIを恐れたのだろうか。このあたり、1999年に公開されたマイケル・マン監督の映画『インサイダー』に詳しい。米国の大手たばこ企業B&W社を告発した元研究担当副社長とテレビプロデューサーの苦境が紹介されている。関係者はPMI・PMJを恐れたのかもしれない。

 このような事情を考慮すれば、自らのキャリアをなげうって社会正義を訴えた小沼医師には頭が下がる。権力に迎合せず、国民の立場で行動する姿をみて、私は「医師の鑑(かがみ)」だと思う。11月のシンポジウムでどんな話をしてくれるか、今から楽しみにしている。

上昌広
(かみまさひろ) 特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長。 1968年生まれ、兵庫県出身。東京大学医学部医学科を卒業し、同大学大学院医学系研究科修了。東京都立駒込病院血液内科医員、虎の門病院血液科医員、国立がんセンター中央病院薬物療法部医員として造血器悪性腫瘍の臨床研究に従事し、2016年3月まで東京大学医科学研究所特任教授を務める。内科医(専門は血液・腫瘍内科学)。2005年10月より東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰し、医療ガバナンスを研究している。医療関係者など約5万人が購読するメールマガジン「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長も務め、積極的な情報発信を行っている。『復興は現場から動き出す 』(東洋経済新報社)、『日本の医療 崩壊を招いた構造と再生への提言 』(蕗書房 )、『日本の医療格差は9倍 医師不足の真実』(光文社新書)、『医療詐欺 「先端医療」と「新薬」は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)、『病院は東京から破綻する 医師が「ゼロ」になる日 』(朝日新聞出版)など著書多数。

◎新潮社フォーサイトの関連記事
そもそも笑止千万だった「ほぼトラ論」:「分断+僅差」の大統領選、かつてない大接戦で終盤へ
ロシアで躍進の日本スクール、日本のロシア・スクールは死屍累々
「つくる会」西尾幹二の「天皇抜きのナショナリズム」