欧米では、かねてより悪天候などで長時間離陸待ちをすることで乗客が精神的・肉体的苦痛を被ることが問題視されていて、適切なサービスを享受する「乗客の権利」が強く訴えられてきた。例えば、アメリカのLCC(格安航空会社)の中には、パイロットに出来高制の賃金制度を導入したところがあった。この制度の下では、パイロットは実際に航空機を運航させなければ賃金を受け取ることができないため、たとえ悪天候であっても、何とか飛べるタイミングを待って、長時間でも離陸の体制を維持することになる。それがパッセンジャー・ライツの侵害につながっていったのだ。

 福岡空港の「門限問題」は、パッセンジャー・ライツを侵害する典型例といえる。現在は、近隣の北九州空港へのダイバートを可能とすることで一応の決着ははかられているが、そもそもは根本の原因である門限を見直すことの方が重要ではないだろうか。

 福岡空港では2本目の滑走路が2025年3月に供用開始予定であり、そうなれば遅延問題もある程度は解消されるだろう。しかし、厳しい門限がある限り、問題は残る。

 技術進歩により、航空機の騒音は、規制が実施されたときよりもはるかに静かなものになっている。また、都市部における生活の24時間化も進んできた。22時という時間の捉え方も過去と現在では違っているだろう。門限の見直しは、最終便をめぐる夜間帯における航空便の集中緩和にも役立ち、遅延の防止にも資する可能性がある。

 なお、那覇空港も福岡空港と同様、多くの航空会社が乗り入れる空港でありながら、滑走路が1本しかない空港として、全国的な遅延の1つの原因となってきた。そこで対策が求められ、2020年3月、那覇空港で新しい第2滑走路が供用開始された。

 しかし、この第2滑走路は空港ターミナルからかなり離れた沖合に建設されたため、滑走路とターミナルビルの間の移動に時間がかかり、同じ航空機を使った次便の遅延につながる事例も出てきている。

 滑走路も「ただ増やせばいい」という話ではないのだ。

航空会社にも定時運行を軽んじる「甘え」が

 最後に航空会社側のスタンスについて見てみよう。

 世界的な航空会社間の競争の激化、ならびにLCCの台頭により、大手の航空会社も従来のような余裕のある運航スケジュールをたてることをしなくなった。LCC同様、航空機を最大限稼働させなければならないという考えを抱くようになり、着陸してから次の離陸までの間隔を以前よりもタイトにしてきている。

 こうしていったんどこかで遅延が生じれば、それが後続の便に受け継がれていき、最終的にはかなりの遅れとなりかねない体質となっているようだ。

 もはや、定時性の維持は航空会社にとって、それほど重要ではなくなったのでは、と考えざるを得ない。

 たとえば、地上職員も、定時運行よりもとにかくマニュアル通りに顧客を取り扱うという姿勢が目立つ。安全性に支障をきたすというのであれば問題はあるが、そうでないならば、たとえ機内清掃の手間を若干省いてでも、定刻に飛ばそうというスタッフの気概があってもいいはずだ。それが全く感じられなくなっているのは筆者が古い世代に属しているからか。

 筆者が空港で勤務していたときには、課長が、安全性を保ちながらも定刻で飛ばすための融通を利かせた判断を下し、部下もそれに応じて定時性を守るために情熱を燃やす気概があった。なぜなら、航空機を利用する中には、特にビジネスパーソンなど、速く移動することの時間的価値を購入している人が多くいるという認識が共有されていたからである。

 遅延を諸事情から当然許されるものとして考える「甘え」が航空会社側にあるとするならば、それも問題ではないだろうか。

戸崎肇
(とざきはじめ) 桜美林大学航空マネジメント学群教授。1963年生まれ。京都大学経済学部卒。日本航空での勤務を経て、帝京大学、明治大学、早稲田大学、東京都立大学などで教鞭をとり、2019年より現職。著書に『ビジネスジェットから見る現代航空政策論』(晃洋書房/2021年)、『観光立国論 交通政策から見た観光大国への論点』(現代書館/2017年)など。

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