無謀なリスキリングはギャンブル

 Aさんのように中高年が個人で取り組む未知のリスキリングは、あまり芳しい話を聞かない。特に「華麗なる転身」を狙うリスキリングは、ギャンブルに近いものがある。

 Aさんの場合、生活が苦しいにも関わらず、リスキリングが自腹になっている点が痛い。リスキリングには、公的支援が受けられるケースもあるからだ。

 たとえば、東京都が実施する「成長産業分野キャリア形成支援事業」は対象者の年齢制限がなく、SEやプログラマー、ウェブデザイナーなどの職業訓練を無料で受けられる(ただし「現在、求職中か非正規雇用」であることが条件)。

 Aさんはリスキリングに公的支援があること自体、知らなかったという。個人がリスキリングを検討する時は、民間のスクールの広告などに安易に飛びつかず、使える公的支援がないか情報収集はしておきたい。

 また、何を学ぶか考える時、自分のキャリアや能力、年齢を冷静に見つめることも重要だろう。

 Aさんがどの程度のスキルを身に着けたのか定かではないが、50歳を過ぎたおじさんが実務経験なしにSEなどの専門職に就くことは容易ではない。どうしてもそうした仕事に就きたいなら、たとえ報酬が少額でも、副業などで地道に実績を積んでいくしかないだろう。

 そもそも素人の中高年でも両手を広げて迎えてくれる職種は、介護、清掃、警備、ドライバーなどである。その点、Bさんは現実的な判断をしたと言える。

 今、リスキリングには国が大きな予算を投じている。その話題の中心となるのは、デジタルやAIなど成長産業を担う人たちだ。しかし、一刻も早くリスキリングする必要があるのは、衰退産業で生活にあえぐ人たちである。

 そこには丁寧かつ現実的な支援が不可欠だろう。

 学びが無駄になることはない。しかし金を払って勉強すればなんとかなるものでもない。もしリスキリングを望むなら、それは長い戦いの始まりに過ぎないことを覚悟したほうがいい。

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若月澪子(わかつき・れいこ)
NHKでキャスター、ディレクターとして勤務したのち、結婚退職。出産後に小遣い稼ぎでライターを始める。生涯、非正規労働者。ギグワーカーとしていろんなお仕事体験中。著書に『副業おじさん 傷だらけの俺たちに明日はあるか』(朝日新聞出版)がある。