56年前の悪夢再び

 バイデン氏のように、再選を目指す現職大統領が選挙戦途中で撤退するのは1968年以来56年ぶりです。そして今年の大統領選はこの1968 年と酷似していると言われています。

 この時は民主党のジョンソン大統領が投票の7カ月前、この年の3月末に撤退を表明しました。ベトナム戦争に関する演説中、選挙には出ないと言ったのです。側近も全く知らされていない突然の出来事でした。当時はベトナム戦争に対する批判が米国内で沸騰し、与野党も鋭く対立。ジョンソン氏の撤退表明は「米国人が遠い戦場におり、米国の未来が脅かされ、平和への希望が揺れる今、個人的な党派の問題に割く時間はない」というものでした。

撤退圧力に抗えなかったバイデン大統領(写真:Pool/ABACA/共同通信イメージズ )

 ジョンソン氏撤退表明の2週間前に名乗りを挙げ、民主党の予備選に立候補したのは、ジョン・F・ケネディ元大統領の実弟で、米国民の人気も高かったロバート・ケネディ氏です。ところが、選挙戦さなかの6月、銃で暗殺されました。選挙の流れを変える政治への暴力という点で、今回のトランプ氏の暗殺未遂と重ねてとらえる人もいます。

 偶然の一致ですが、1968年の民主党全国大会の開催地は今年と同じイリノイ州シカゴです。結局、民主党の大統領候補には当時のハンフリー副大統領が指名されましたが、会場周辺では反戦運動家らが警官隊と衝突して流血事件となるなど、大荒れとなりました。

 暴力がはびこる大統領選となった背景には米国社会の分断状況がありました。

 当時の米国はベトナム戦争の泥沼化に直面し、若者による反戦運動が猛烈な勢いで広がっていました。2023年から米国内で広がった、イスラエルによるパレスチナ・ガザ攻撃に反対する大学デモと似ています。

 黒人差別撤廃を訴えたキング牧師が暗殺されたのもこの年です。警官による黒人への暴力に抗議する近年のブラック・ライブズ・マター(BLM)の運動と問題の根は同じです。

 こうした社会の分断と政治的暴力は連動する側面があります。1865年のリンカーン暗殺は、米国が分裂して史上最多の戦死者を出した南北戦争直後のことでした。トランプ氏暗殺未遂の犯人は射殺され、動機ははっきりしません。しかし、米国の世論調査ではトランプ氏当選のために、あるいは当選阻止のために暴力は許されると答える人が増えており、不穏な状況は続いています。

 もう一つの背景として、社会に出回っている銃の多さは見過ごせません。米国全体で人口を上回る4億丁の銃が流通し、誰もが手軽に銃を持てるのが米国社会です。合衆国憲法修正第2条が米国民に武器を保持する権利を保障していると解釈されており、銃の広い流通につながっているのです。