他者との会話のなかで、「自分の伝えたいことがうまく伝わらない」と悩む人は少なくない。自分の表現が悪かったのか、説明の仕方が悪かったのかと、改善のためにノウハウ本を読んでみた方もいるだろう。今回紹介する『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』(今井むつみ著、日経BP)は、そうしたコミュニケーションの悩みにヒントを与えてくれる。伝わらない理由を正しく理解すれば、改善点も見えてくるはずだ。
(東野 望:フリーライター)
なぜ「何回説明しても伝わらない」のか
本書の著者は、認知科学、発達心理学などの研究者である今井むつみ氏。「新書大賞2024」を受賞した『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)の著者である(秋田喜美氏との共著)。
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上司に仕事の報告をした際、意図した内容がうまく伝わらなかった。改めて報告しても、やはりうまく伝わらない。「言い方が悪かったのかもしれない、別の言い方にしてみよう」と考える人もいれば、「上司がちゃんと聞いてくれないからだ」と考える人もいるだろう。
こうした行き違いが起こる原因について、今井氏は次のように説明している。
私たちはそれぞれが頭の中に、「当たり前」を持っており、その「当たり前」は皆、同じわけではありません。
こうしたことを念頭に置くと、冒頭で取り上げたような「伝えたいことがうまく伝わらない」原因は、この「当たり前」の違いを超えることができなかったり、認知の力がうまく働かなかったりすることにあるといえます。
相手が理解できるかどうかは、自分と関係のないところで決まる?
人間は誰しも自分が「当たり前」だと考える枠組みを持っていて、その枠組みは認知心理学で「スキーマ」と呼ばれている。スキーマはその人がどのような環境で育ち、どのような経験をしてきたかに影響され、個人の興味関心によっても変わってしまう。
大事なのは“人間は物事をスキーマを通して理解する”という点を知ることだ。部下からの報告もスキーマを通して聞いているし、テレビの内容もスキーマを通して見ている。
つまり、伝える側の言葉を理解できるかどうかは、受け取る側がどのようなスキーマを通して聞いているかに大きく影響される。この点を理解していないと、言い方や表現の仕方、伝え方を変えてもあまり効果がないかもしれない。