「キャッシュレス決済が普及すれば紙幣は不要になる」は本当か?

【紙幣はなくなるのか?】
 ここまで書いてきたように、物価上昇等を背景に、決済需要はどちらかといえば膨らんでいるにもかかわらず、紙幣の発行高が減少傾向にある。

 その背景として挙げられるのは、コロナ禍の影響で紙幣の使用を回避する動きが生じ、特にここ2年ほどキャッシュレス決済の利用が加速していることだ。クレジットカードの利用額が拡大しているほか、コード決済も急速に普及している。

 また、タンス預金は、長らく増加基調を辿ってきたが、このところ減少している。家計が物価高騰に直面して、タンス預金を取り崩して決済に回す動きが生じた可能性が考えられる。

 巷間では、キャッシュレス決済が普及すれば紙幣は不要になる、紙幣刷新は今回が最後になるといった見方も存在する。確かに、先行きは紙幣発行高の減少が続く可能性が高そうだ。

 キャッシュレス決済の利用は不可逆的に拡大する見込みであるほか、タンス預金は物価上昇に加え金利上昇により縮小が続くとみられる。物価上昇、金利上昇ともに、タンス預金の実質的な価値、すなわち価値保蔵能力を落とし、金融資産などへのシフトを促すと考えられる。

 ただ、紙幣の需要がなくなる可能性は低いだろう。決済の匿名性を確保したい、あるいは資産を捕捉されたくないといったニーズは続く。紙幣刷新によりタンス預金が一掃されるとの見方があるが、新紙幣導入後も旧紙幣は通用する。2004年に紙幣が刷新された際も、タンス預金は減らなかった。

 日本銀行は1年365日、1日24時間使える支払決済手段として銀行券を供給する責務がある。需要がある限りは紙幣発行が続こう。また、冒頭でも述べたように、新しい印刷技術を用いて偽造を防ぐため紙幣を定期的に刷新する必要がある。

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【宮前 耕也(みやまえ こうや)】
SMBC日興証券㈱日本担当シニアエコノミスト
1979年生まれ、大阪府出身。1997年に私立清風南海高等学校を卒業。2002年に東京大学経済学部を卒業後、大阪ガス㈱入社。2006年に財務省へ出向、大臣官房総合政策課調査員として日本経済、財政、エネルギー市場の分析に従事。2008年に野村證券㈱入社、債券アナリスト兼エコノミストとして日本経済、金融政策の分析に従事。2011年にSMBC日興証券㈱入社。エコノミスト、シニア財政アナリスト等を経て現職。
著書に、『アベノミクス2020-人口、財政、エネルギー』(エネルギーフォーラム社、単著)、『図説 日本の財政(平成18年度版)』および『図説 日本の財政(平成19年度版)』(東洋経済新報社、分担執筆)がある。