前代未聞の着差と杉本清の名実況

 レースを見ていて最も楽しくなるのは、もちろん自分が投票した馬が勝って馬券の配当を確認するときなのですが、それと同時に、どれくらいの着差が付いたかということにも興味を惹かれます。特に大本命とされた強い馬の場合、ゴールの瞬間、2着馬との差に視線が集まります。

 当然、テスコガビーの場合も馬券に対する興味よりガビーちゃんがレースでどれくらいの強さを見せてくれるかのほうに関心が高まりました。

 テスコガビーの単勝馬券が110円だった「桜花賞」は歴史に残るレースになりました。このレースでの2着馬との着差はなんと1.9秒。競馬の場合、1秒が6馬身と計算されるので、11馬身半に相当します。ウィキペディアで「テスコガビー」を検索し「桜花賞」の結果を調べても、着差の欄が空欄になっているのはこの「大差」がコンピュータの想定外となっているからでしょう(競馬の場合、レース結果で11馬身以上の着差となると、すべて「大差」と表示されます)。

 桜花賞を実況中継した関西テレビのアナウンサー、若き日の杉本清はその圧勝劇を見事な表現で伝えてくれました(以下、声に出して読んでみることをおすすめします)。

──テスコガビー、独走か。テスコガビー、独走か。ぐんぐんぐんぐん差が開く、差が開く。後ろからはな~んにも来ない。後ろからはな~んにも来ない。後ろからはな~んにも来ない。先頭はテスコガビー、これは強い、強い、強い。これは強い、これは強い。赤の帽子、ただ一つ!」

 想定していた予想実況とのあまりの違いに驚き、同じ言葉を繰り返さざるを得なかった杉本アナのこの実況は、リフレイン(反復)の効果が見事に反映され、歴史に残る名実況となりました(1976年発売のLPレコード『杉本清 競馬名勝負物語』にも「テスコガビー物語」として収録されています)。

幻となった史上最強牝馬の子

1975年(昭和50)5月18日、オークスを制したテスコガビーと菅原泰夫騎手。同馬を見つめている少女は馬名の由来となったスイス人貿易商の娘、ガビーちゃん。馬主の隣に住んでいた 写真/共同通信フォト

 桜花賞の翌月、テスコガビーはオークスを制覇し、牝馬2冠馬となります。そのときの単勝配当は230円と桜花賞を下回りましたが、2着馬との差は8馬身あり、オークスでのこの着差はいまだに破られてはいない偉大な着差です。

 まして、桜花賞とオークスとを合わせた着差のおよそ20馬身という数字は空前絶後の記録と言っていいでしょう。

 3歳時の春に行なわれる2大牝馬クラシックレースにおいて、私がテスコガビーこそ史上最強の名馬だと指名する理由が、この数字からおわかりになったことと思います。

 そんなガビーの子供を見てみたいと競馬ファンの誰もが夢見ていましたが、夢は夢のまま消えてゆきました。オークス勝利から2年後、彼女は調教中に心臓麻痺を発症し、天国へと旅立ちました。

「血統のスポーツ」と言われる競馬の世界にその血を遺せなかったガビーですが、半世紀後の今でも、史上最強牝馬として緑のターフの上を気持ち良く疾走しているテスコガビーの姿は、私の記憶の中に遺されています。

(編集協力:春燈社 小西眞由美)