頼清徳の就任演説に対し、中国政府で台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室の報道官は5月21日、「敵意と挑発、ウソと偽りに満ちており、徹頭徹尾、『台湾独立の自白』だ」と非難した。民進党に強烈な不満をぶつけるのは、中国では「通常」だ。

 その後、同月23日から24日にかけ、台湾の海上封鎖、福建省アモイに近い台湾側の離島、金門島の奪還を想定した軍事演習を展開した。2022年8月に当時、米下院議長のペロシが訪台した翌日に行った弾道ミサイル発射以来の、大型演習だった。

 ロシア軍のウクライナ侵攻を見ても、演習を行いながら突如、実際の軍事行動にエスカレートすることは起こり得る。台湾の国防部も万全の監視体制を敷き、国家安全局など情報機関はフル回転で、共産党中央や人民解放軍の動きを探っている状況だ。

習近平の狙いは「3つの100年」を自ら祝うことか

 一方、台湾で多くの人々は「台湾有事」勃発懸念に、さほど緊張しているようには見えない。数百年前の祖先までさかのぼれば、同じ漢民族の血も流れている台湾人からみて、中国人の政治的発言がどこまで本音なのか、国内向けなのか、想像がつくらしい。

 匿名を条件に話を聞いた台湾の政治学者は、「最高権力を死ぬまで持ち続けたい共産党総書記の習近平は、侵攻作戦が100%成功すると確信しない限り、脅迫を続けるだけで、台湾本島に対する軍事攻撃を決断する合理的な理由はない」と断言した。

 軍事行動の過程で、米軍や日本の自衛隊などと衝突し、台湾軍からの強烈な反撃を浴びて中国人民解放軍に大損害が出た場合、「最強でなければならぬ人民解放軍のメンツが潰れるだけでなく、党内で習近平の権力基盤も失墜しかねない」と考えている。

 情勢しだいで、離島への攻撃はあるかもしれないが、現状維持と共栄共存を訴え頼清徳を「台湾独立の自白だ」と決めつけ、「中華民族の裏切り者だ」とレッテルを貼って「攻撃するぞ」とレトリックで脅し続ける方が、むしろ中国内では権力基盤安定につながる。

 筆者の仮説だが、習近平は「3つの100年」を自ら祝い、歴史に名を残す考えだ。2021年の中国共産党創設100年は終え、次に2027年の人民解放軍建軍100年。2049年の中華人民共和国成立100年がある。存命なら習近平はこのとき満96歳だ。