筆者は、2016年11月に中国・江蘇省に業務目的で一時帰国した岡山県の華僑華人団体のトップが翌年3月まで中国当局にスパイ容疑で身柄を拘束された事案を、2017年、当時所属していた産経新聞紙上でスクープしたことがある(後にこの一件は拙著『アジア血風録』[MdN新書]の中で詳述)。この団体トップが拘束中、かつて岡山県内で企画した王毅元駐日大使(当時)の講演会での言動を徹底的に調べられた、と証言したことから、拘束は反王毅勢力による派閥抗争だった可能性も指摘されてきた。

 王毅氏は現在、中国共産党政治局員兼外相として習近平指導部の重鎮である。そして駐大阪総領事の薛剣氏は反王毅派と目されている。それだけに薛剣氏と同郷で総領事顧問を務めていた胡士雲教授の“失踪”に関して、在阪華僑、華人らのなかには「やはり一種の政争で、真のターゲットは薛剣総領事なのではないか」と考える者もいる。

王毅氏(写真:ロイター/アフロ)

想像を絶する権力闘争の激しさ

 これに対し、中国共産党序列4位の王滬寧氏は江沢民、胡錦涛、習近平政権を理論面で支える「三朝帝師」の異名を持ち、今月10日には北京を訪れた台湾の馬英九前総統を習近平国家主席らとともに出迎えた「軍師」級の最高幹部のひとりだが、関係者の一部には「力のある幹部だけに足の引っ張り合いなど、何らかの政争が水面下で展開され、近しい人物を叩いてホコリを立てようとしている可能性もあるのではないか」との見方もある。

王滬寧氏(新華社/共同通信イメージズ)

 今回の范雲濤教授の“失踪”に関し、亜細亜大では「個人情報保護の観点から、休職者に関して、休職という事実以外は明らかにしておりません。本学としては、引き続き、ご本人の復職を切に願い、適宜、必要な対応をとってまいります」との声明を発表するにとどめている。

【吉村剛史】
日本大学法学部卒後、1990年、産経新聞社に入社。阪神支局を初任地に、大阪、東京両本社社会部で事件、行政、皇室などを担当。夕刊フジ関西総局担当時の2006年~2007年、台湾大学に社費留学。2011年、東京本社外信部を経て同年6月から、2014年5月まで台北支局長。帰任後、日本大学大学院総合社会情報研究科博士課程前期を修了。修士(国際情報)。岡山支局長、広島総局長、編集委員などを経て2019年末に退職。以後フリーに。主に在日外国人社会や中国、台湾問題などをテーマに取材。東海大学海洋学部非常勤講師。台湾発「関鍵評論網」(The News Lens)日本版編集長。著書に『アジア血風録』(MdN新書、2021)。共著に『命の重さ取材して―神戸・児童連続殺傷事件』(産経新聞ニュースサービス、1997)『教育再興』(産経新聞出版、1999)『ブランドはなぜ墜ちたか―雪印、そごう、三菱自動車事件の深層』(角川文庫、2002)、学術論文に『新聞報道から読み解く馬英九政権の対日、両岸政策-日台民間漁協取り決めを中心に』(2016)など。日本記者クラブ会員。日本ペンクラブ会員。ニコニコ動画『吉村剛史のアジア新聞録』『話し台湾・行き台湾』(Hyper J Channel)等でMC、コメンテーターを担当。