医学の進歩によって飛躍的に伸びた寿命。仕事ができなくなっても、歩けなくなっても、寿命が尽きるまで生きるためにはお金も必要だ。そこまでに何を備えておけばいいのか──。『死に方のダンドリ 将来、すんなり逝くための8つの準備』(ポプラ新書)から考えて見よう。
※この記事は、『死に方のダンドリ 将来、すんなり逝くための8つの準備』(ポプラ新書)より一部抜粋・編集したものです。
(岡信太郎:司法書士、司法書士のぞみ総合事務所代表)
せっかく老後資金を蓄えてきたのに、「いざ」というときに使えない──。そんな信じられないようなケースを見聞きすることが増えてきました。
病気や認知症で金融機関に足を運べなくなった親の代わりに、子どもが出向いて手続きをすることは誰しも考えると思います。10年以上前なら、子どもが親の通帳と印鑑を持って銀行へ行っても、本人の代わりに預金を引き出すことは可能なこともあったようです。必ずしも本人が手続きに出向く必要はなかったのです。
しかし近年は、ことあるごとに本人確認が求められるようになっています。金融機関などで本人確認資料の提示が必要となり、本人との面会が必須となるケースも増えています。親が認知症になる前に頼まれていたとしても、本人の確認なしに高額のお金を家族が引き出すことはできなくなりました。
そうなったのには2つの理由があります。
1つ目は、「犯罪収益移転防止法」の制定です。この法律は、別名本人確認法とも呼ばれます。この法律のもともとの目的は、マネー・ロンダリングを防いだり、テロリストに資金が渡ってテロ活動の資金として使用されることを防いだりすることにありました。
テロ組織は国内ばかりでなく、国際的なネットワークを持っています。そこでテロ組織に資金が流れることを防ぐために各国同様、日本においても法整備が行われました。
2つ目は、いわゆる「振り込め詐欺」のような犯罪が全国各地で多発し、社会問題となっていることです。振り込め詐欺に手を染める犯罪者集団はさまざまな手口で高齢者の資産を狙ってきます。その手口は年々巧妙化、複雑化しており、お金をだまし取られる被害が後を絶ちません。
犯罪者集団にお金が渡ってしまうと、戻ってくる可能性はかなり低くなります。それゆえ、金融機関は慎重に慎重を重ねて本人確認を徹底するようになり、犯罪とは無縁な一般市民の生活にも影響が出ています。
これらの理由から、親のための支出であっても本人確認なしに家族が高額のお金を引き出すのは難しくなっています。本人が認知症であると判明した場合、口座が凍結されてしまうこともあります。
もちろん、本人の「意思確認」は慎重に行うべきです。預貯金であれ、不動産であれ、財産をどうするかの決定権は本人にあるからです。たとえ家族であっても、本人の意思に反して財産を動かしたり使ったりする行為は法的に問題があります。
ところが最近、本人確認ができないために、本人のための支出であっても自由に使うことができないケースが増えてきているのです。本人が認知症とわかった途端、金融機関側から口座を凍結されることもめずらしくなくなってきました。