東大・駒場キャンパス内のグラウンドで開かれた義足で走るためのランニングクリニック(筆者撮影、以下も)

 東京2020パラリンピックを契機に、パラスポーツを体験できる場は増えているものの、競技としての楽しさを伝え、技術の向上を図るような場はまだまだ多くはない。そのような機会を増やしていくためには、指導者の存在はもちろん、企業などの支えも必要ではないだろうか。

 東京では年に1回、義足で走るためのランニングクリニックが開催されている。主催しているのは義肢や装具、車いすなどの福祉機器メーカーのオットーボック・ジャパン。指導にあたるのはパラリンピアンだ。ドイツに本社があるオットーボックは、パラリンピックの会場で選手の義肢や車いすなどの修理を無償で行う支援もしている。『パラリンピックと日本 知られざる60年史』の著者で、パラスポーツを支える人々を長年取材してきたジャーナリストの田中圭太郎氏が、その現場を取材した。

(田中 圭太郎:ジャーナリスト)

パラリンピックのメダリストが指導

 2023年10月、東京都目黒区にある東京大学駒場キャンパスのグラウンド。初めてスポーツ義足を使う人や、すでにパラ陸上の大会に出ている選手など十数人が、ランニングクリニックに参加していた。

 日程は3日間で、この日は2日目。午後に訪れたときには、座った状態や、仰向けで寝た状態でのストレッチなど、基礎的なトレーニングが行われていた。

 指導にあたっているのは、ドイツと日本のパラリンピアンだ。

 ハインリッヒ・ポポフ氏は、パラリンピックでは2012年ロンドンの100メートルと、2016年リオデジャネイロの走り幅跳びで金メダルを獲得。2018年に引退した後は世界各国でランニングクリニックを開催するなど、陸上競技の指導を続けている。

ハインリッヒ・ポポフ氏はパラリンピックの金メダリスト

 日本のパラリンピアンの1人は、山本篤選手。100メートル、200メートル、走り幅跳びでアジア記録と日本記録を持ち、パラリンピックでは2008年北京と2016年リオの走り幅跳びで銀メダルを獲得。さらに、2018年平昌冬季パラリンピックにはスノーボードで出場するなど、多数の実績があるパラアスリートだ。

指導する山本篤選手(右)

 そしてもう1人は兎澤朋美選手。東京2020パラリンピックに出場し、100メートルで8位、走り幅跳びで4位に入賞した。兎澤選手自身も、かつてこのランニングクリニックの受講者だった。

「2017年に参加したときは、競技を始めてまだ半年くらいでした。参加して大きく変わりました。義足の動かし方や、どの方向に力を持っていくのかなどについて指導を受けました。技術的なことはもちろん、マインドやメンタルの部分でも、もっと強気でいった方がいいといった話も聞くことができて、いろいろ勉強になりましたね」

兎澤朋美選手(右)

 ランニングクリニックを主催しているのは、義肢や装具、車いすなどの総合福祉機器メーカーのオットーボック・ジャパン。本社はドイツにあり、創業は1919年、社名は義肢装具士だった創業者の名前だ。

 オットーボックは、第一次世界大戦で足を失った人々のために、義肢を製造することから始めた。パーツごとに製造する独自の方法は、義肢の製造技術を革命的に変化させて、戦争で負傷した多くの兵士に義肢を供給することを可能にした。1958年に最初の子会社をアメリカに設立して以来、世界中に子会社を展開。現在は50カ国に拠点を持ち、140以上の国や地域に義足や義手、装具、車いすなどの製品を供給している。