井上と戦うことで上がる自身の価値

──書籍中では、井上選手が負傷しながらも冷静にそのアクシデントに応じて闘い方を変え、勝利を収めた試合も紹介されていました。なぜ、彼はそのような芸当ができるのでしょうか。

森合:なんででしょうね(笑)。プロ3戦目で対戦した佐野友樹選手は、井上選手が右拳を負傷していることに気付いていませんでした。井上選手が右を打ってこないことを作戦だと思ったそうです。

 また、WBC世界ライトフライ級王座防衛戦を闘ったアドリアン・エルナンデス選手も、井上選手の左足の痙攣に全く気付かなかったと語っています。そのとき、井上選手は足を使わない接近戦に持ち込みました。エルナンデス選手は、それを自分の作戦に持ち込めたと思っていたと話していました。

 誰も、決して井上選手がアクシデントを起こしているとは思いもしない。それだけ、井上選手が強く、引き出しが多いということなのだと思います。

──かつては、強すぎて対戦相手が見つからなかった井上尚弥ですが、今では対戦オファーが絶えないという状況です。井上尚弥との対戦を望むボクサーは、「井上尚弥に勝てる」と思っているのでしょうか。彼らは、何のために、井上尚弥に挑むのでしょうか。

森合:ナルバエス選手が自身の闘う姿を見せるために、初めて自分の子どもを海外に連れてきたのは、2014年12月のことです。WBO世界スーパーフライ級王座防衛戦、相手は井上尚弥でした。

 自分が負けることを想定していたら、子どもを連れてくるなんて、絶対にしないでしょう。私の取材に対して、ナルバエス選手も「負けることを想像してリングに上がるボクサーはいない」と言っていました。

WBOスーパーフライ級戦で、井上のパンチに沈んだオマール・ナルバエス(左)(写真:共同通信社)

 それは、他の選手も同じです。井上選手の対戦相手は皆、井上尚弥に勝てると信じて、試合に挑んでいる。それは間違いありません。

 今や、井上選手はPFPで1位、2位にランク付けされている世界屈指のボクサーです。知名度も抜群です。その選手と闘うことによって、自身の価値も上がると多くのボクサーが考えているのです。