問題の財布は警察に届けられ、落とし主が分かったのにもかかわらず、学校側は落とし主から事情を聴くこともしなかった。

 さらに、後にSさんと音楽学校は裁判になるが、その裁判の中で、財布の持ち主は「Sさんに盗まれてはいません」と主張している。学校側の思い込みが間違っていたことが明白になっている――。

「記事にはしないでください」

 筆者はSさんを巡るこうした過酷な実態を、盛岡在住の知人から詳しく聞いた。すぐには信じることはできなかったので、当事者であるSさんやその家族、そして宝塚音楽学校に真偽を確かめなければならない。

 だがSさんの父親からは「記事にはしないで下さい」と懇願された。

 盛岡市の中心部から車で20分程度離れた場所にあるSさんの実家を訪ねると、玄関口に現れた父親は困惑の表情を浮かべ、こう言葉を継いだのだ。

「本当に申し訳ありませんが、取材に答えることは勘弁していただけませんか。今は係争中であってそれに影響することは避けたいんです。娘の将来にかかわる大事なことですから……」

 知っていることを記事にすることは可能ではあるが、このように父親から言われてしまえば控えるしかない、と当時の筆者は思ったのだ。

 無論音楽学校に対しても取材を試みたが、

「その件に対してコメントは差し控えさせていただきます。いじめはなかったと認識していますから」

 と、木で鼻を括ったような返答がくるだけであり、具体的な質問さえ遮られる状況だったのである。