永田町の仕事である

 今日、クマを射殺せず麻酔銃やわなで捕獲し、奥山に戻すケース(奥山放獣)が各地で試みられている。ただし効果をみるには時間と人手を要する。クマの行動範囲は平均20~40平方キロメートル(中には100平方キロメートルの事例も)に及び、わずか数キロメートル程度運んだとて、戻ってくる。人里のおいしい柿や残飯の味を学習してしまった賢いクマ(里クマ)を遠ざけるには、からしスプレーをかけるだけではおぼつかない。

 何よりコストがかかる。軽井沢町(財政力指数*4 1.61)のクマ対策は間違いなく先進的だが、20年以上も継続できる予算と経験ある人材の確保を、全国自治体に敷衍化できるかというと、かなりハードルが高い。

 兵庫県(クマ推定859頭*5/人口537万人)の取り組みも先進的な対策モデルの一つだ。研究を続けられる組織と少ないながらも予算が継承され、個体数把握と駆除が進められている。

 しかし、「人口当たりのクマ頭数」が兵庫県の30倍になってしまった秋田県(クマ推定4400頭/人口91万人)をはじめ東北・北陸などの人身被害の増加県やヒグマを擁する北海道では、クマ対策を継続的に担っていくための予算とマンパワーが圧倒的に不足している。

北海道の「のぼりべつクマ牧場」のヒグマ北海道の「のぼりべつクマ牧場」のヒグマ(theexplorerphotographer/Shutterstock.com

 何よりも人命にかかわる問題が顕在化してきているわけだから、ここはもう国策による踏み出しが急務で、政治マター。永田町(国会議員)の仕事である。

 とりわけ①鳥獣保護管理法(環境省)、鳥獣被害防止特措法(農水省)、動物愛護管理法(環境省)など各法律の補強、②国(農水省、環境省)、都道府県、市町村、猟友会(ハンター)など各セクター間の連携強化、③中長期的な問題に対する包括的な財政支援など、将来に向けた骨太の改善策が不可欠だ。研究者も論文量産のためかフィールド離れが目立つが、地元ハンターや農林家の声をもっと拾っていきたい。

 幸いなことに11月13日、環境省はクマを捕獲や駆除のための交付金の対象となる「指定管理鳥獣」に追加する検討を始めたと報じられた。ぜひ実効性のある施策に結び付けてもらいたい。

 無策のままだと、ヒトとクマの緩衝帯(バッファー)である耕作放棄地(42万ヘクタール)と里山(約400万ヘクタール)は自然遷移による「再自然化」が進み、里クマやシカにとっても好都合な「隠れ家」と「食糧基地」になり変わってしまう。結果、国土全域に広がるヒトとクマとの遭遇線が都市エリアにさらに近づき、接することになり、クマとのニアミスや人的被害、悲劇が都市内でさらに頻発化していくだろう。

 私たちはそれを望んではいない。

*4 自治体の財政力を表す。1以上の自治体は国からの交付税はゼロ。

*5 東中国地域個体群の中央値を掲げた(資料:兵庫県2023.4)

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平野秀樹(ひらの・ひでき)
1954年生まれ。国土資源総研所長、姫路大学特任教授/農畜産研究所所長
九州大学卒業後、林野庁入庁。森林官(青森県)、営林署長(北海道)、環境省環境影響評価課長、森林管理局長(中部地方)を歴任。博士(農学)。林野庁「森の巨人たち100選」、「聞き書き甲子園(高校生による民俗伝承)」、「森林セラピー」の創設にかかわった。著書に『サイレント国土買収』(角川新書 2023)、『日本はすでに侵略されている』(新潮新書 2019)、『森林セラピー』(朝日新聞出版2006)、『森の巨人たち・巨木百選』(講談社 2001)、『森林理想郷を求めて』(中公新書 1996)など。