超高速取引も常態化したハックの一つ
中世ヨーロッパでは、カトリック教会も世俗の権力者も、利子の付く融資を罪深いものとみなし、厳重に制限していた。職業としての銀行業が発達すると、裕福な銀行家は次々と手法をこらしてこの制限を回避するようになる。帳簿をごまかす、禁止されている高利の融資をさも認められた制度であるかのようにミスリードする、融資に対する金利を借り手からの贈答だと偽るといった手口があった。
そんなハックのひとつが「dry sea loan」で、禁止されている融資を、任意の航海と関連付けることで、合法的な「海運融資(sea loan)」に変えるものだった。
12世紀から14世紀にかけて、カトリック教会はdry sea loanのような金融上のイノベーションに対抗するために、高利貸しに対する規制を見直し、さらに複雑な実施のしくみを作って、有罪の場合の高利貸しに対する罰則規定も強化した。
裕福なギルドは、人材と知識を駆使して、教会による審査をうまく回避するような金融商品を作った。そして、一種の「規制の虜」状態が発生する。教会は高利貸し規則に違反した者から寄付金と賠償金を受け取り、条件付きで高利貸しを認めることを奨励したのである。
実質的に現在の銀行業が誕生したのは、1517年の第5ラテラノ公会議のときで、これも利益を生むハックが常態化した一例だ。住宅ローンを組んで住宅を購入する、学費を借り入れる、融資を受けて事業を始めるといった経験があるなら、それはこのときの常態化のおかげといえる(この公会議では、質屋も合法化された。こちらもお世話になった人がいるかもしれない)。
常態化は、今日も普通に起こっていると思われる。超高速取引ハックの大半は、100年前に考案されていたら非合法と判断されていたに違いない。インサイダー取引も、最近の何十年かに発明されていたら、やはり間違いなく今ごろは合法だったはずだ。