【著者作成】何げない会話から、生成AIが個人情報を把握する未来が到来する?
  • SNS上などに投稿されたコンテンツをもとに個人を特定する「特定班」。生成AIの登場でより手軽に特定行動が可能になる世界が現実になろうとしている。
  • チューリヒ工科大学のマルティン・ヴェチェフ教授が率いる研究チームの実験では、主要LLM(大規模言語モデル)の精度は、人間の場合に対して平均で85%に達した。
  • 現時点で有効な技術的対策はなく、LLMを開発する企業の良心や、ユーザーの注意力に期待するしかないのが現状だ。

(小林 啓倫:経営コンサルタント)

何げない投稿にご用心

 ネットにはさまざまなスラングがある。「特定班」もそのひとつだ。これは文字通り「何かを特定する人々」という意味だが、ネットスラングとしては特に、「ある人物が行った些細な書き込みや発言、写真の投稿などからその人物の個人情報を割り出そうとする人々」を指す。

 ターゲットとなるのは何らかの理由で炎上している人物で、「だから個人情報を暴露しても許されるのだ」という空気から、集団で力を合わせて解析が行われる。

 ただこうした特定行為が成立する理由は、集団で行われるからだけではない。SNSに投稿されるコンテンツは、それを投稿した本人が想像する以上に、多くの情報を含んでいる。何げない書き込みからさまざまな個人情報を推測できるからこそ、「特定」行為が可能なわけである。

 簡単な例として、自然現象に対して思わず漏らしてしまうつぶやきが挙げられる。

 地震やゲリラ豪雨があったとき、思わずそれをX(旧Twitter)でつぶやいてしまった、という方は少なくないだろう。しかし、どちらの自然現象も比較的狭い範囲で起きるため、それに関するつぶやきは、投稿者がいつ・どこにいたかを明らかにする大きなヒントとなる。

 またゲリラ豪雨の場合、激しい雷雨を見てもらおうと、画像や動画を撮影して添付してしまう人も多い。当然だがそうしたテキスト以外の情報も、投稿者のプライバシーを暴く手がかりとなってしまう。

 実際に2019年には、ある男性が、アイドル活動をしていた女性が投稿した写真を手掛かりにして、その女性が日常的に利用していた駅を特定するという事件が発生した。男性はその駅で女性を待ち伏せ、後をつけて自宅を突き止めるまでに至っている。

ストーカー、「瞳に映った景色」で女性の自宅を特定 日本(BBC NEWS JAPAN)

 このとき、男性が最寄り駅を特定するのに参考にした情報、それは「女性の瞳に映っていた景色」だった。これは特定班の起こした事件ではなく、あくまでこの男性個人が行った犯行だが、それだけにいかに何げない投稿から多くの個人情報が漏れてしまうかを示すケースと言えるだろう。

 1人の人間ですら、ささいな書き込みからさまざまな推測を行えるのだとしたら、機械はさらに多くの分析をできるのではないか──。そんな懸念が現実のものになろうとしている。その舞台となっているのは、おなじみ生成AIの領域だ。