習近平の責任転嫁か

 習近平は自分に矛先が向きつつあることを知って、誰かにその責任を転嫁させたい。そのスケープゴートが、アジアの大富豪として名の知れ渡った許家印と恒大集団幹部だということかもしれない。

 許家印の資産は、かつて最高453億ドルといわれたが、2022年末の段階で43億ドルに縮小している。それでも43億ドルの資産とは、庶民からみれば目の飛び出るものだ。

 許家印を経済犯罪で有罪にすれば、この資産は没収できる。さらには、長い拘束期間中に、脅し責めさいなみ、海外にすでに移転済みの資産の在りかを吐かせて国内に差し戻すこともできよう。うまくいけば、習近平の政敵の曽慶紅の海外資産やその移転プロセスの証拠を出させて、政敵を完全に潰すこともできるかもしれない。

 保交楼完遂で162万世帯ていどの人民を喜ばせるよりも、こちらの方が習近平にとっては政治的利益が大きいかもしれない。

 許家印は森林伐採従事の貧しい農民家庭に生まれ、早くに母を亡くし、孤独と極貧の中で苦学して大学に行き、国有鉄鋼企業に勤めたのち、改革開放の波に乗って起業。そこからアジア屈指の大富豪となり、全国政協委員を連続して務め、中国政商両界に幅広い人脈を持つようになった。

 最盛期のときは、省レベルの書記や省長クラスの官僚より許家印のほうが党内では上位にあり、習近平の秘書にも直接電話できたとか。許家印は習近平におもねり、「恒大は党の恒大だ」「私と恒大のすべては党にささげている」などと発言していた。

 そんなチャイナドリームの体現者、党員の鑑のような許家印が、党中央の経済失政のスケープゴートにされたということは、それは鄧小平以降、胡錦濤時代まで続いた、党中央と民営企業の蜜月時代の終わりを告げる晩鐘ではなかろうか。

権貴政治の終わり?

 習近平の中国は、党中央の権力と民営企業が結びつく権貴政治を完全に終え、共同富裕社会という名の社会主義経済の原則に立ち戻るということかもしれない。

 だが、その方向性は、中国が現在直面する経済低迷、地方財政問題、不動産市場の混乱を救済するものではなく、むしろ50年代、60年代、70年代の中国が味わった飢えによって人が死ぬレベルの貧しい時代への回帰を意味するものかもしれない。もし、そうなると思ったとき、多くの官僚、企業、人民はいくら恐怖政治下にあってもそれに黙って従うだろうか。

 恒大帝国の崩壊は、まわりまわって習近平王朝、あるいは共産党帝国の崩壊につながることになるかもしれない。