香港にある現代美術館「M+」での展示(2021年のオープン時、写真:AP/アフロ)
  • 中国当局が示した治安管理処罰法の改正案に国内から批判が殺到している。「中華民族精神を傷つける」行為を処罰の対象としているが、そこに服装が加わっているからだ。
  • 「中華民族精神を傷つける」とは何を指すのか基準が明確に示されておらず、個々の警察官レベルで恣意的に運用される可能性がある。
  • こうした条例は文革時代に「階級の敵」を取り締まるために乱用された経緯があり、市民は「恐怖の警察国家時代」が再来するとの懸念を抱いている。

(福島香織:ジャーナリスト)

 先日、香港で比較的新しい観光スポットとして話題の現代美術館「M+」を訪れた。「アジア初のグローバル視覚博物館」「アジア最大の現代アート美術館」などと形容されている。

 いろいろ面白い仕掛けがあって、アート好きの人ならまる一日いても飽きることはないだろう。ファッションに関する展示も結構あって、中国最初のファッションリーダー宋懷桂の特別展などもあった*1。常設展で驚いたのがヴィヴィアン・タムの毛沢東白黒プリントの衣装の展示*2。自分が持っているのと同じデザインの服が美術館入りしているとは。

*1宋懷桂:藝術先鋒與時尚教母(M+の公式サイト)
*2Vivienne Tam Mao Collection—Mao Suit, Spring/Summer 1995(M+の公式サイト)

 ヴィヴィアン・タムは1956年、広東省生まれのファッション・デザイナー。3歳のときに香港に移住、香港でデザインを学んだのち、自分の創作した服を数着もって単身、ニューヨークに乗り込んだ。苦労の末、90年にニューヨークで自身のブランド「VIVIAN TAM」を創設。私は、90年代の中国のバイタリティーを象徴するイメージを彼女のデザインに感じて、当初から大好きだった。

ファッションを通じて中国のヴァイタリティーを世界に感じさせているヴィヴィアン・タム(写真:共同通信社)

 とりわけお気に入りが、その毛沢東デザインだった。紅衛兵たちがチャイナドレスやシルクの服を「階級の敵」とばかりに破壊した、あの文化大革命を発動した毛沢東をファッションがデザインとして飲み込んだ。なんて、素敵で強烈な諷刺だろう。これが表現の自由だ。90年代、恐ろしい独裁者はパンダと同じく、エキゾチック・チャイナを象徴するデザインに落とし込まれたのだ。

 こうした毛沢東デザイン服は2002年くらいまでは北京で着ても問題なかった。中国でこの服が着られなくなったのは、2007年に毛沢東の商業利用禁止の通達が出てからだ。

 だから、M+でこの毛沢東デザインファッションが展示されているのを見たときに、「ああ、まだ香港では、この服を着てもいいのだ」とほっとした。M+の展示では、中国の現代アート史を理解する上で欠かせない反共的ポリティカルアートは香港版国家安全法に違反するとして、展示を避けられているが、ファッションに関してはまだいくぶんかの自由は許されているようだ。

 だが、それも時間の問題かもしれない。香港でVIVIAN TAMの毛沢東デザインは着られなくなるかもしれないと思うような法改正が今中国で進められている。

 まくらが長くなった。ここからが本題だ。