最初はよいのです、物珍しい。しかし安価で大量普及すると、社会がそれに対して抱くイメージは違うものになってしまう。具体例を挙げてみましょう。

 19世紀のドイツ南部、バイエルン王国に「狂王」として知られたルートヴィヒⅡ世(1845-86)という君主がありました。

 彼が治世初期、1869年から作らせた「ノイシュヴァンシュタイン城」の中には、暗闇にネオン管を貼り巡らされた異様な空間があります。

 19世紀半ばとしては、ネオン管の放つ、かつて見たことのない光の色彩は、様々なファンタジーをルートヴィヒⅡ世に呼び起こさせたのかもしれません。

 しかし、21世紀の今日、薄暗い中にどぎついネオンの光が浮かぶ様は、うら淋しい酒場町の裏路地のような、いわく言いがたい「陳腐」な雰囲気を醸し出していて、ぎょっとさせられました。

 画像生成AIが今後、安価に普及していけば、早晩その出力は「ルートヴィヒⅡ世のネオンサイン」に近づいていくことでしょう。

 企業で言えば「宣伝広告費をケチったな」と足元を見られるサインにもなりかねない。

「AIは旬の内に使うべし」が黄金律と思います。

 これから数年、ブームが上り坂の時期は、こうしたイメージも身にまとった企業展開が有効かと思います。

 しかし、いずれ飽きられますから、どこからどこまで、どのように利用するか、冷徹な判断力が問われるところでしょう。

 最終的に、価値を判断するのも、また創造するのも、アクシデントがあったとき責任を問われるのも、すべて人間です。

 これを見失わないことが、AI導入に際して一番注意すべき焦点になります。

筆者による「生成AI」「ネオンサイン」などのプロンプトによるFirefly出力例