(国際ジャーナリスト・木村正人)
「スターリンクを大至急、提供して」
[ロンドン発]ウクライナを救ったはずの米実業家イーロン・マスク氏への評価が、ウクライナで暴落している。
「衛星インターネットのスターリンク・ステーション(受信機)をウクライナに大至急、提供して」――昨年2月、ロシア軍のウクライナ侵攻が始まる1時間前に大規模なマルウェア攻撃を受けたウクライナのミハイロ・フェドロフ副首相(デジタル変革担当)は当時のツイッター(現在はX)を通じてイーロン・マスク氏に要請した。
2日後に500機の受信機がウクライナに届いた。1日に2度、マスク氏に最新情報を伝えていたスペースX社の女性ディレクターは同年3月1日「受信機はウクライナの生死を決する。敵は通信インフラを攻撃しており、ウクライナは受信機をもっと要求している」とメッセージを送った。2日、2000機の受信機がポーランド経由でウクライナに送られた。
電源確保のため太陽光発電バッテリーやテスラの家庭用蓄電池パワーウォール、大型蓄電システムのメガパックも発送された。ロシア軍の妨害電波に影響されない通信システムもウクライナ軍に提供され、スターリンクでウクライナ軍と米軍の司令部は結ばれた。さらに6000機の受信機が送られ、同年7月までにその数は1万5000機に達した。
マスク氏が使ったおカネは推定8000万ドル(約120億円)。ウクライナ政府はマスク氏へ最大限の感謝を表していた。
だが、米著名作家ウォルター・アイザックソン氏が最近発売した伝記『イーロン・マスク』の中の記述により、その後、ウクライナ政府はマスク氏へ不信感を大いに募らせた実態が明らかになった。
アイザックソン氏は同書の中で、ウクライナ軍がスターリンクを使って6隻の無人艇でクリミア半島セヴァストポリ海軍基地にドローン攻撃を仕掛けた際、マスク氏が核戦争へのエスカレートを恐れていたことを明かしたのだ。