単純作業でもChatGPTに駆逐されない理由

——なぜ、誤解が広がってしまったのでしょう。

河野:よく仕事をしていても思うことなのですが、多くの人は「世の中に存在する“正しい”データは、自動的にアップデートされて、使える状態になっている」と思い込んでいる節があります。「あなたが参照しているデータは、誰かが入力しているんですよ」という簡単な事実が伝わっていないのです。

 世の中のあらゆるデータが電子化されていて、さらにそのすべてが逐一正しいものにアップデートされる、という世界に我々が住んでいるのであれば、人間によるデータ入力も必要ないのかもしれません。ただ、現実はそうなっていないわけです。

 こうした誤解を解くためには、我々がデータや情報とあいまいに呼んでいる概念には、厳密には以下3つに分類されることを知らなければならないと思います。

 1つは「データ(値)」。これは名前や数字、地名など、それだけでは意味を持たない事柄を指します。次に「情報」。これはデータを組み合わせて意味を持たせたもの。最後に「インテリジェンス(知識)」。情報を基に、規則性や見解を求めるものです。

ChatGPTを開発した米オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)は、自らAIが与える社会的インパクトについて警鐘を鳴らしている(写真:AP/アフロ)

 例えば、「岸田内閣の支持率は現在○%で、組閣当初と比較すると、△%下落しました。その理由は□です」という「インテリジェンス」は、過去の支持率の推移を計算した「情報」から推論しているわけです。もっとさかのぼれば、2022年4月の支持率と2023年6月の支持率という「データ」を誰かが入力しなければ、「情報」の段階には進めません。この例を引き合いに出せば、データ入力の仕事は直近の支持率を入力するところにあります。

 ChatGPTは、「情報」「インテリジェンス」の分野においては優れています。確かに、その能力には私も本当に驚かされます。ただ、先ほど説明した通り、紙に書かれた1次データを読み込むことはできませんし、現実世界で「今起きた出来事」を入力することもできないのです。また、誤ったデータを引用して「偽情報」を作成してくることもしばしばあります。

 データ入力の仕事の使命は、それだけでは意味を持たない「データ」をいかに間違いなく入力するか、というところにあり、そのプロフェッショナルでもあります。ですから、ChatGPTとは今のところ競合しないかなと思いますね。

——単純作業はAIに駆逐される、という図式が勝手に出来上がっているのかもしれません。

河野:ハリウッドの脚本家が(生成AIの導入に対して)ストをする、というのは理解できるんですよ。明らかに「インテリジェンス」を提供する職業なわけですから。弁護士や税理士など、判例や法律で決まっている事柄や過去の事例を引っ張ってくる仕事も同様に、生成AIを脅威だと感じるのでしょう。

 私たちの仕事は一見地味なのですが、今のところ人間がやらないと、技術的な限界から代替できない、という特徴があるのです。

 生成AIではありませんが、紙に記載された活字情報を読み取るAIと光学技術を搭載した「AI-OCR」というスキャナーもあります。これを導入することで、人間によるデータ入力は必要なくなる、という論調に一時期は勢いがあったのですが、やはり人間に比べると、圧倒的にミスが多く、大事な作業は任せられません。良い技術があればこちらが紹介して欲しいくらいですよ(笑)。それくらい、データ入力において、人間とAIには能力の開きがある、ということです。