ChatGPTが出した嘘の判例を引用して問題になった弁護士もいる(写真:アフロ)
  • ChatGPTをはじめとする生成AIには「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる弱点がある。
  • ユーザーからの指示に対して正答となるような情報が見つからなくても、「それっぽく感じられる」文章を生成してしまうという問題で、AIが出した嘘の判例を信じてしまうなどの事例が生じている。
  • 人間の脳が持つ自動化バイアスは強力である。生成AIは極めて優秀だが、疑ってかかる姿勢も必要だ。

(小林 啓倫:経営コンサルタント)

世界各地で起きている「GPSによる死」

 2009年8月の暑い日。アリシア・サンチェスという28歳の女性が、11歳の息子カルロスと愛犬とともに、カリフォルニア州デスバレーに車で向かった。

 デスバレー(Death Valley)は文字通り「死の谷」と呼べるほど過酷な環境の地で、1913年7月には摂氏56.7℃という、世界気象機関(WMO)が認定する「世界最高気温」が記録されている。

 しかし、彼女の運転するジープ・チェロキーにはGPSを搭載したカーナビが設置されており、ドライブは何の問題もなく終わるはずだった。

 ところがそこで予想外の事態が起きる。カーナビ側の問題によって、彼女は間違った道を案内されていたのだ。それに気づかなかったアリシアは、道に迷って猛暑の中を運転することになってしまう。

 5日後にパークレンジャーに発見された際、不幸なことに、カルロスは脱水症状で亡くなっていた。

酷暑で知られるデスバレー。ここで道に迷うとマジでヤバい(写真:アフロ)

 同様の事件は世界各地で起きており、名前までつけられている。「GPSによる死(Death by GPS)」だ。死という最悪の事態を迎えなくても、深刻な事故が起きる場合がある。

 たとえば、ポーランドのある男性は、カーナビを信じて運転するあまり、実際の道路に掲げられていた「この先行き止まり」という標識を無視して道を進み続け、湖に突っ込んでしまった(この男性と同乗していたもう1人の男性は自力で脱出し、一命をとりとめたそうだ)。

 こうした重軽傷や未遂のケースまで含めれば、「GPSによる死」は世界中で無数に発生していると考えられる。

 砂漠という何もない場所ならまだしも、道路標識を無視して、カーナビの中にしか存在しないデジタルの地図を信用して湖に突っ込むなんて。あまりに機械に頼り過ぎだ、と感じただろうか。

 確かにハンドルを握っているときは、目の前で起きている事実に集中すべきであり、地図やカーナビといった情報はそれを補助するものでしかない。なのに情報が事実よりも優先されてしまっては、文字通り主客転倒と言うしかない。

 しかし今、新たな形でこの「GPSによる死」が身近なものになろうとしている。そしてそれは、ドライバーではない人々にも関係する可能性がある。それが「GPTによる死(Death by GPT)」だ。

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