はびこる「徴兵逃れ」マニュアル

 一方、男性のコメントは具体的なものがより多かった。兵役を経験した父親や先輩たちから聞いた生々しい現実が、自己の身に降りかかることを憂慮しての意見も多く見られた。

「どうしたら逃兵(徴兵逃れ)できるか、というマニュアル(過度な肥満、病弱や体力虚弱者を装うなど)が罷り通っている。そして兵役期間が短すぎて周囲の年長者から甘くみられる傾向がある」

「兵役経験者の話では、軍営では退役を待ち続けるだけの日々を過ごし、手抜きをしている人ばかりと聞く。若い軍兵は街を掃除する人と同じ扱いを受け、結局は、掃除夫としてしか貢献していないと思われる」など、兵役を誇りに感じない傾向が強かった。

「台湾で中国との戦争があるとしたら、攻め入られる受け身の戦い、市街戦となる。が、国軍は市街戦を想定した訓練をしているのか? 大いに疑問だ」「国軍の問題というより、民間人が国防への自覚を持たなければ、国際情勢の中での立ち位置を見失ってしまうと感じる」という問題提起をするなど、男性のコメントには「現実に兵役がどれだけ国防に役立っているのか」という疑問がより濃く反映されていたのが印象的だった。

それでも実戦力強化を目指す蔡英文政権

 蔡英文総統は兵役延長の理由について、こう述べている。

「4カ月の兵役では、今の軍備の必要に対処できない。台湾が自衛力を強化してこそ、国際社会からより多くの支持を勝ち取れ、準備を万全にすれば、中国が攻撃を仕掛ける可能性が低くなる。兵役の延長は若者にとって負担になるが、台湾の軍備が十分に強ければ台湾は戦場になり得ず、若者も戦地に行かなくてすむ」

 ウクライナの現実を見る限り、蔡総統の主張は至極正論のようにも聞こえる。だが、こうして若者たちの生々しい声を拾ってみると、兵役を延長するだけでただちに国防力が高まるのかどうか、疑問を投げかける結果となった。アンケートに協力してくれた日本語学科の教師、沈美雪准教授は、以下のようなコメントで総括してくれた。

「昔は2~3年の兵役が義務化され、男の子は厳しい軍事訓練を受けて初めて“本当の男”に成長すると、みんなそう感じていた。高校では男女問わず軍事訓練(軍訓)の授業があり、女子でも射撃の練習を体験した。しかし、選挙のため若者の機嫌を取ろうと与野党ともに徴兵制の緩和や兵役期間の短縮を唱え、その結果“軍事訓練”は“防災訓練”のイメージに変わった。

 しかも今や戦争の仕方も変わり、精密な武器の扱いは素人同然の兵士に任せられない。本当に市街戦になったら台湾の平民は島国ゆえに逃げ場がない。私たちは『交戦』を想定することよりも『対話』の可能性を追求すべきだ」

 蔡政権としては、やや弛みのある国軍の士気を高めること、民間人に国防への自覚を持たせることなど、台湾人の意識をひとまとめにしようと取り組んでいる。だが、若者たちのアンケートを見る限り、まだ多くの課題が残されていると感じた。

 以下、アンケートの回答数を付しておくが、質問によって複数回答や無回答もあったため、すべての回答数を足しても回答者の総数と一致しない項目もある。

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