東京大学史料編纂所教授・本郷和人氏。2018年発売の『東大教授がおしえるやばい日本史』が大ベストセラーとなり、以来、日本史のあらゆる「オモテ」と「ウラ」をさまざまに紹介してきた。今回の新書『黒幕の日本史』では、「黒幕」という歴史の陰で活躍した存在に注目。北条政子、北畠親房、黒田官兵衛、そしてなぜか誠実さがイメージの西郷どんまで、16人の「黒幕」をピックアップし、ウラからオモテを動かしたその手腕を紹介している。人物譚としてはもちろん、日本の社会の特殊性や、各時代の権力の仕組みまで浮かび上がる、エキサイティングな日本史読み物。その執筆の背景を聞いた。
(剣持 亜弥:ライター・編集者)
日本のルールは“地位”より“人”
「黒幕」と聞いて、どんな人物が思い浮かぶだろうか。あの政治家? あの官僚? それともあの母親か、あの妻か? 本書では「ウラからオモテを操った人物」「重要な役割を果たしたが、影に隠れた存在」として16人の「黒幕」が登場する。
「そもそも黒幕って英語で何ていうんだろう、って調べたことがあるんです。すると、然るべき言葉が何もなかった。日本ではフィクサー、っていう言い方もよくされますが、これも辞書では『取り付け屋』とか『八百長などを行う人』といった程度の意味しかない。黒幕っていうのは、日本的な言い方だったんですよね」
「黒幕」を切り口にすることで、日本的な権力のあり方が見えてくれば面白いはず。本郷さんの『黒幕の日本史』の執筆はこうして始まった。
「院政、ってあるじゃないですか。天皇の位を譲った元天皇が、上皇や法皇となって、最高権力者として君臨し続ける体制のことです。現代でも、会社で社長さんが会長になった後も実権を手放さない状態を『院政を敷く』と言ったりしますよね。日本人にとっては当たり前に受け入れられている。
ところが調べてみると、ヨーロッパなどの王制ではこういうことは起こらない。権限や財産は、国王という地位についているから、国王を離れたら、その人はもうただの人になる、という考え方なんです。アジアでもベトナムの陳(チン)という王朝で上皇のような制度があったくらいで、日本の院政は世界的に見ても極めて珍しい。
武家政権になってからも、豊臣秀吉は関白を甥の秀次に譲った後、今度は太閤殿下になって偉いまま。徳川家康も征夷大将軍になった2年後に息子の秀忠に継がせて、江戸城を出て駿府城で隠居するけど、大御所になって政治を司る。
つまり、日本では地位と実権が必ずしも一致しない。“地位”より“人”。それがルールなんです。そして、ここにこそ黒幕が生まれる余地があるんですね」