心身の健康だけでなく社会的な関係まで含めた、人のよいあり方を意味する「ウェルビーイング」。最近では「顧客のウェルビーイングを起点とした商品・サービス開発」への関心も高まっている。この新しい潮流は、日本人のライフスタイルをどのように変えていくのか? またそこからどのような産業やマーケットが生まれていくのか? 消費者目線で社会トレンドをウォッチし続けてきた統合型マーケティング企業、インテグレートのCEO・藤田康人氏が、ウェルビーイングに取り組む実践者たちとの対話を通じて、これからの新しいビジネスを考察する。
今回は、人間情報科学を専門とするNTTコミュニケーション科学基礎研究所の渡邊淳司氏に、人と人の関わりの中で生み出されるウェルビーイングについて聞いた。(JBpress)
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「存在する」こと自体の価値を考える
藤田康人氏(以下、敬称略) 昨今、SDGsの流れもあり、心身ともに健康で持続的な幸せを求める風潮が広がっています。それは言うなれば「ウェルビーイング」なのですが、日本のビジネス市場においては、いまだこの言葉の解釈に幅があり、わかりづらいように感じます。前提としてこの国では、人々が幸せになりたい、自分らしく生きていきたいという思いが弱い気もしています。
渡邊淳司氏(以下、敬称略) そうですね。ウェルビーイングのビジネスを考える前に、私たち自身がウェルビーイングの意味を捉えることが重要ですね。
私は、そもそも人が「存在する」こと自体の価値から考える必要があると思っています。それは内在的価値と呼ばれます。反意語は道具的価値で、何かができるから価値があるというものです。
内在的価値の観点から、人の存在を感じたり、価値観を知ることは、それ自体がウェルビーイングを捉え直す機会なのだと思います。
このような考え方は、私自身が、ウェルビーイングの研究の前に、触覚の研究をしていたことによります。例えば、これまでやってきたこととして、自身の鼓動を手のひらの上の触感として感じる装置を使った「心臓ピクニック」というワークショップがあります。聴診器を胸にあてると、その鼓動に合わせてリアルタイムで四角い白い箱が振動します(冒頭の写真)。
藤田 これはすごい! 心臓を直接触っているようです。
渡邊 触覚を通して、相手が生きていることを実感できると思うんです。心臓ピクニックでは、自身の鼓動だけでなく、相手の鼓動を感じたり、お腹に赤ちゃんがいる方であれば、その鼓動も感じることができます。そして、生きていること、存在していることを感じること自体が、そもそも価値であることにも気がつくはずです。
藤田 この白い箱に触れていると、その人とグッと距離が縮まった感じがします。
その人が何を大事にしているのかを互いに知る
渡邊 身体的な存在を感じ合うというだけでなく、その人が何を大事にしているのか、価値観をお互いに知ることも大事です。
大規模なウェルビーイングの調査だと、それぞれの人の「人生満足度」などを測定してウェルビーイングを数値化するのですが、それだけでなく、実際にその人がウェルビーイングに生きていくためには、なぜ、それに満足しているのか、その要因を把握する必要があります。ウェルビーイングのあり方は、個々人によって異なりますし、数字の背景にあるもの、その人の実感やストーリーを同時に考える必要があります。