バイデン政権が歩む隘路
日米CMAは、WTO協定に基づいて一般的に認められているFTAとも、米国がこれまでFTAとしてきたものとも明らかに異なる。これを「柔軟な解釈」によってIRA上のFTAとみなすのは、IRAの修正も、新たなFTAの締結も、政治的に困難な状況下でバイデン政権が編み出した苦肉の策と言える。
バイデン政権には、今後同種の協定を同志国や資源国と締結することにより、IRA上の要件が米国でのEV普及を妨げることを避けるとの狙いがある。
同時に、同志国の要望に応えることによって、フレンド・ショアリング構築の障害を一つ取り除くことを狙ったものでもある。
日本は、IRAのEV税額控除措置は「有志国との連携の下で強靱なサプライチェーンを目指す全体戦略と整合的ではない」と、米国が進めるフレンド・ショアリング構築と同措置の要件が矛盾していることを明確に指摘していた。
他方、米議会からはこうした政権の対応に不満の声も漏れている。
日米CMAに対しては、交渉過程の透明性の欠如、議会承認を経ない発効、不十分な労働・環境規定など、多岐にわたる批判が加えられている。中でも、ジョー・マンチン上院議員(民主党・ウェストバージニア州)は、「製造業を米国に戻し、信頼できる安全なサプライチェーンを確保するというIRAの目的を、政権は無視し続けている」として、政権による「柔軟な解釈」を法廷闘争も辞さない姿勢で非難している。
IRAのEV税額控除という問題は、バイデン政権が進めるフレンド・ショアリング構築と国内の投資・雇用を重視する自国優先政策の矛盾が顕在化した一つの事例に過ぎない。今回は、これに対応するために法律上の要件の「柔軟な解釈」という荒業が必要になった。
2024年の大統領選を控え、バイデン政権は議会の制約を受けながら、フレンド・ショアリング構築と自国優先政策の両立という隘路を今後も歩み続けることになるだろう。