(文:橋本倫史)
北関東を東西に横切る国道354号線沿線は、さまざまな国から移住してきた人たちによる「異国メシ」の本場だ。ここでの飾らない食体験から外国人労働者たちの日常を浮き彫りにする異色のルポ『北関東の異界 エスニック国道354号線』(室橋裕和著)を、ドライブインという昭和の残影にまつわる個人史を全国に訪ねた『ドライブイン探訪』の著者、橋本倫史氏が追体験した。
春の陽気に誘われて、久しぶりに旅に出ようと思い立った。
北千住駅から東武鉄道の特急「りょうもう」に乗り、向かった先は北関東だ。太田駅で各駅停車に乗り換えると、日本語以外の会話が聴こえてきた。その会話を聴きながら、手元にある本を読み返す。
JR両毛線・東武伊勢崎線の伊勢崎駅の改札を出てきたのは、フィリピン人らしきおばちゃんたちだった。タガログ語でぺちゃくちゃとおしゃべりをしながら、駅頭に停まっているバスに乗り込んでいく。近くの食品加工の工場へ向かう送迎バスだった。コンビニなどに並ぶ総菜をおもに生産しているのだが、その現場で外国人が働いているのだ。
これは室橋裕和『北関東の異界 エスニック国道354号線』に登場する一節だ。北関東を東西に走る国道354号線に注目し、その沿線に点在する「異界」を旅するようにめぐったルポルタージュである。著者の旅は伊勢崎に始まり、太田、大泉、館林、栃木県の小山と移動し、県境をまたいで茨城に入り、古河、境、坂東、常総、土浦、笠間、そして太平洋に面した鉾田に辿り着く。
地元スーパーに並ぶエスニック食材
旅のはじまりはツイッターだったと、著者は冒頭に綴る。外国人が多く暮らす東京・新大久保に暮らし、『日本の異国 在日外国人の知られざる日常』や『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』などの著作を持つ著者は、新大久保の様子を普段からツイートしているのだという。すると、自然と「多国籍グルメを愛し、日本に急増してきた外国人の文化を面白がる仲間たちと、フォローし合うように」なった。そのひとり、比呂啓さんから「栃木県の小山を中心に、北関東を回るので一緒にどうですか?」と誘われたことで、著者は北関東をめぐり始める。第一章のタイトルは「伊勢崎 バブルが異国の風を運んできた」だ。
駅に隣接した大型のスーパーマーケットは、群馬・前橋に本社を置くベイシアだ。地場のスーパーも日本の異国巡りを楽しむ我々愛好家たちにとってはチェックしておくべき場所のひとつだが、案の定、調味料コーナーの一角に中南米ゾーンを発見。フェイジョアーダ(豆と肉の煮込み)やパルミット(ヤシの新芽)の缶詰、サルサソースといった、一般的な日本の家庭ではあまりなじみのない食材が並ぶ。地域にラテンの人々がたくさん住んでいる証だろう。
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