神山の多様性を生み出す多様な「移住ルート」

 もちろん、他の自治体と同じように、神山にも創生戦略や長期ビジョンはある。その戦略に従って、住まいや仕事、循環の仕組みづくりなど重視すべき分野は打ち出しており、その実行部隊として神山つなぐ公社という三セクもつくっている。

 ただ、神山まるごと高専にしても、きっかけは寺田が大南に相談したこと。それ以外のプロジェクトも、戦略や計画を立てる前に「これをやりたい」という個人の高い熱量がある場合がほとんどだ。上から降りてくるものではないからこそ、神山で始まるプロジェクトは「強い」のだ。

 そうして生まれるプロジェクトがさらなる移住者を呼び寄せる。

 例えば、みっけやねっこぼっこに子どもを通わせている保護者の中には、子どもを通わせるために神山に移住した人々もいる。座学を中心とした今の教育に疑問を感じている人は少なくない。過去の常識が通じない非線形な時代だからこそ、生きる力、考える力を身につけてほしいと考える保護者も多い。みっけやねっこぼっこは、そういう家族を呼び寄せる、磁力になっているのだ。

 そして、神山に来た人々が様々なことにチャレンジしている地域住民や移住者と交流する中で自分のプロジェクトを立ち上げ、それが別の移住者を惹きつける。10年以上、神山を見ているが、神山で起きているのはその繰り返しだ。

 いや、その回転はさらに加速している。

 実は、私が神山に足を運んでいたのは、サテライトオフィスの取材で訪れた2011年から2014年の春先までで、その後は前職の仕事で海外に行ったこともあり、5年以上、神山のことは忘れていた。ところが、2019年6月に開いた高専の設立記者会見に呼ばれた縁で久々に訪れると、知らない人や知らない施設ばかりで神山はさらに進化していた。

 それまでも、国内外のアーティストが滞在しながら作品を制作、展示する神山アーティスト・イン・レジデンスや、多数の企業が開設するサテライトオフィス、職業訓練と地域人材の育成を兼ねた滞在型のキャリア支援プログラムである神山塾など、移住のルートとなるプロジェクトはいろいろと存在した。ところが、その後も地域おこし協力隊や地産地食を進めるフードハブ・プロジェクト、神山つなぐ公社など、移住者が流入するルートは多様化している。

 サテライトオフィスが有名な神山だが、神山にはいわゆるソフトウェアエンジニアだけでなく、様々な人が暮らしている。この多様性を生み出しているのは、切れ目なく始まるタイプの異なるプロジェクトだ。