クライアントの人材育成をするプロジェクトで、クライアント側から有望な社員を選抜し、コンサルティング側のプロジェクトメンバーとしてチームに入ってもらったときのことです。

 クライアント側の担当者としてわれわれと相対していたときは、コメントや資料の修正依頼なども非常にシャープに行う極めて優秀な方たちでした。ところが、実際にアウトプットをつくるコンサルティング側のチームに入ってもらい、彼・彼女らのつくるアウトプットを見たとき、その質の低さに衝撃を受けたのです。

 たとえば、スライド作成は、コンサルタントの重要なアウトプットですので、コンサルティングファームではこれを徹底的に訓練します。私は、若手のスライドを10万枚以上添削してきましたが、添削の内容は「書き方」に関する指摘がほとんどでした。けれども、私が事業会社の社員のアウトプットを見て驚いたのは、そういういわば「お作法」のレベルではなく、そもそも文や文章が書けていない、ということだったのです。添削以前の問題でした。

 議事録や企画書を見てもそれは明らかで、一時間の議論内容を適切にまとめて議事録に書く。または、実地調査に基づき、ある命題に対して、その人なりのスタンスをとった企画提案を文書にまとめる。こういうことが、非常に苦手で、全く訓練を受けていないことは明らかでした。

 ビジネススクールの講師を頼まれて行ったときもそうでした。参加者は、大手の事業会社の執行役員や本部長といったエグゼクティブの方々で、スクールは、彼らが経営陣、経営者になるための学びの場でしたが、初日に参加者のアウトプットを見たときにも、同様のことを感じました。文章の構成、指示語の使い方など、コンサルティングファームの若手にも及ばない水準のものでした。

 では、コンサルティングファームで鍛えられる議事録と、事業会社のそれは、どこが違うのか? 企画書はどこが違うのか? スライドではどこが違うのか? そもそもその違いはどこから来ているのか?

 ここでわかったことは、コンサルティングファームのコンサルタントの市場価値は、事業会社の方たちとのビジネススキルの差によって生まれていて、その要因の大半は、コンサルティングファーム側にあるというより、事業会社側にある、ということでした。

 事業会社では、基礎的なビジネススキルを強化するトレーニングが圧倒的に不足しているということです。知識の問題ではなく、それを載せる器が整っていない。整う環境にないのです。

 小さな脆い器の上に、やれ、デジタルだ、プラットフォームだ、サブスクだ、と知識としてのアプリケーションを載せたところで、 砂上の楼閣、積み上がっていきません。世に出回っている、あるいはビジネススクールの教科書にあるような「MBAのビジネススキル」以前に、基礎的なビジネススキルが事業会社ではなかなか身につかない、ということだったのです。