昨年、少年ジャンプの人気マンガ『鬼滅の刃』が日本社会に大ブームを巻き起こしました。マンガだけではなく、アニメ化や映画化に日本中が沸き立ち、その勢いはいまだ衰える様子がありません。ビジネスシーンでも、アイスブレイクネタとしてずいぶんと話題になっています。そこで今回は、「人事が読むマンガ」の第2弾として、『鬼滅の刃』について人事目線で考えてみたいと思います。
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『鬼滅の刃』はなぜここまで売れたのか?
上記の通り、老若男女問わず人気作品となった『鬼滅の刃』。最終巻が発売されてなお、その熱狂はとどまることを知らないようです。ビジネスの場面でも「全集中しよう」、「呼吸が大事」など、作品に出てくるセリフがずいぶんと浸透しています。『鬼滅の刃』は、なぜここまでヒット作品となったのでしょうか。
ご存じの方も多いとは思いますが、念のため簡単にあらすじをご紹介します。『鬼滅の刃』を端的に表すとしたら、「10代の少年が妹を取り戻すために人喰い鬼と戦う話」です。日本人の心の奥底にある「鬼を倒す」という定番のストーリーを題材に、10代の決して超人ではない等身大の主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)が、仲間たちの助けを得ながら成長する姿は、現代版の『桃太郎』と言えるでしょう。普遍的な勧善懲悪ストーリーでありながら、多様なキャラクターが登場する多彩さが、老若男女の心をつかんでいるのではないでしょうか。
鬼にされてしまった妹を助けるために、弱小な主人公が力を得て成長していく様子には心を打たれます。もし炭治郎が歴代の人気漫画のように、最初から特殊能力などを持った最強の人物だったら、『鬼滅の刃』はここまでの人気作品にはならなかったかもしれません。また、主人公の炭治郎だけではなく、仲間の善逸(ぜんいつ)や伊之助(いのすけ)も、戦いを通じて次第に成長を重ねていきます。それぞれどこか不完全だったのが、完成された大器になっていく様子を見ると、「特別な人でなくても、強い志を持てば大成する」というメッセージを感じるのではないでしょうか。
多様な「個」が、それぞれの才能を磨き上げていく姿は、まさに「個」が強い現代社会に合致したストーリーなのです。.
切迫感を持って描かれる後継者育成の現場
実は『鬼滅の刃』を読み進めていくと、ビジネスシーンでも通用する考え方が多く登場します。中には、人事目線でみても「なるほど」と思わされるような、本質をとらえた場面もあるのです。
作品世界では、鬼を倒すために集まった隊士で構成される組織「鬼殺隊(きさつたい)」が、1,000年にもわたって技術と伝統を継承してきました。鬼殺隊を統率するのは「産屋敷(うぶやしき)」という一族です。まだ23歳の若さでありながら、一族の長である産屋敷耀哉(うぶやしき・かがや)が戦略を練り、鬼殺隊のリーダー格である「柱(はしら)」たちをはじめとする隊士たちに指示を与え、采配を振るっています。その様は、企業で事業部門に指示を与える経営者と事業部長のようにも見えます。
『鬼滅の刃』では、「戦略とその実行がうまく絡み合う爽快感」を味わえるのが醍醐味のひとつです。もし戦略を誤れば、鬼殺隊は全滅しかねません。しかし「産屋敷」家代々に伝わる優れた戦略立案力によって、鬼殺隊は適材適所で確実に鬼の討伐を実現していきます。もし企業の経営幹部が本作を読めば、戦略の重要性を理解できるのではないでしょうか。
また『鬼滅の刃』がビジネスパーソン向けのストーリーとして優れているもうひとつの点は、後継者育成の難しさを、リアリティをもって描いていることです。鬼殺隊は階級制度を採用しており、前述の通り階級トップに君臨するのが「柱」という優秀なリーダーたちです。鬼殺隊に入るためには、「柱」たちにスカウトされるか、自らの才能を「柱」たちに示すしかありません。また、それぞれの「柱」たちは「継子(つぐこ)」という後継者制度を採用しています。「柱」は「継子」を一流の隊士へと育てあげ、最終的には自らの跡を継がせます。
しかし、ひとりで何体もの鬼を倒せる実力を持った「柱」の後継者を育てるのは、容易ではありません。鬼を倒す高い素質に加えて、厳しい鍛錬と実践を乗り越え、さらに仲間たちを率いる人格も持ち合わせていなければならないのです。『鬼滅の刃』では、後継者の「継子」を「柱」に育て上げることができず、絶えてしまった「柱」もある様子が描かれていました。
「柱」が後継者を育てられなければ、人間は鬼に負けてしまう。『鬼滅の刃』では後継者育成の難しさと切迫感を、ありありと感じることができるのです。こうした「いかに優秀な後継者を育てるか」という問題は、企業のリーダー候補育成でも極めて難しい話だと言えます。