人をホメるには練習が必要

 筆者も改めて都内のスタバをはしごしてみたが、確かにどのスタバに行っても対応は店員によって千差万別。「いらっしゃいませ」はなく、ファーストフード店で聞くようなお決まりのセリフも一切出てこない。

 コーヒーを注文すると、「この銘柄は酸味の強さがポイントです」「今夜は寒くなるみたいですね」「……(さわやかな笑顔)」等々。この予想外の対応が「感動」を呼ぶのか。

 Aさんは、このマニュアルのない接客が自然にできるようになるまで、3年はかかったという。もっとも、働き始めたころはドリンクの作り方など覚えることが多過ぎて、ホスピタリティどころではなかった。

「スタバはメニューのカスタマイズが際限なくできます。たとえば『キャラメルマキアートのグランデサイズ、キャラメルソース多め、ホイップ追加』など、細かいルールや分量を覚えるだけでも大変なんです」

 中年Aさんが乗り越えなければならないハードルは、これだけではなかった。

 スタバでは店員同士がお互いをホメ合う「お作法」がある。他の店員の接客態度について、細かいところまで発見し、いちいちホメなければいけないのだ。

 定番のホメ言葉は「今の接客、よかったよ」「今の笑顔、よかったよ」。おじさんの辞書にはなさそうなセリフだ。

「ええ、言われるのも、言うのも恥ずかしいです。初めはホメられると挙動不審になっていました。ホメるのはもっと難しくて、練習が必要。自分がホメられた時の言葉やタイミングをマネしていました」

 もちろんホメられてうれしくない人はいないので、自然と気持ちが上がっていく。Aさんもささいなことでホメられるうちに、次第にスタバの環境が心地よいものになっていった。

「初めは、スタバの雰囲気にくすぐったいような感じを持っていました。でも、あのグリーンのエプロンを身に付けると、自然と気持ちが切り替わるようになって」