iMac発売当時のスティーブ・ジョブズ
写真提供:ロイター/共同通信イメージズ

 2025年11月、アップルが約10年ぶりにスマートフォン市場の首位を奪還する見通しとなった。市場が成熟する中で、企業は製品の価値をどう伝えるかが改めて問われている。その象徴的な例の1つが、1998年に発売されたiMacのテレビCMだ。詳細なスペック説明を排し、コピーを「Think different」という一言だけに絞った背景には何があったのか。

戦略書としての老子』(原田勉著/東洋経済新報社)から一部を抜粋・再編集。老子が説くシンプル化の重要性を手掛かりに、ジョブズの“本質だけを残す”思考法について考察する。

シンプルなアイデアから出発する

戦略書としての老子』(東洋経済新報社)

 老子の「小さくやさしいことに手を付ける」というのは、「シンプルなアイデアから出発すべきである」と解釈することもできる。

 ただし、同社の最初のシンプルなアイデアである「冒険」は成功しなかった。アイデアがシンプルであり、直観的であったとしても、当然ながら成功する保証はない。シンプルさは成功のための必要条件であり、十分条件ではない。だからこそ、ピボットが必要となる。

 しかし、多くの開発者、技術者はシンプル化よりも複雑化、高度化を志向する傾向が強い。そのほうが張り合いがあり、かれらの能力をいかんなく発揮することができるからだ。シンプル化はその逆であり、特に優れた技術者にとっては魅力的な方向ではないかもしれない。

 しかし、アップル製品のように、世の中のブレイクスルーはしばしばシンプル化によって実現されてきた。シンプル化することは必ずしも技術的に稚拙なわけではなく、より高度な技術的要求を満たさなければならないことが多い。たとえば、iPhoneの場合、ホームボタンをなくすことで、高度なタッチコントロール技術を開発する必要があった。

 したがって、シンプル化することは、技術的な高度化をも意味することになり得る。このことから老子の教えをイノベーションとして言い換えれば次のようになる。