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(文:桜林美佐)

中国軍の強大化や北朝鮮の核・ミサイル開発、ロシアによるウクライナ侵攻など、緊迫化する安全保障環境を背景に、防衛費の大幅な増加が決まった。一方で、予算や装備が増えても、それらを扱う自衛隊員についてはほとんど増員が見込まれない。平均50代半ばで退職する「若年定年制」がネックとなり、慢性的な人材難という問題がある。

「結婚するなら警察や消防の人」

「防衛力の抜本的強化」に伴う防衛費増額が実現する。いわゆるNATO(北大西洋条約機構)基準では、沿岸警備費用やPKO(国連平和維持活動)拠出金、そして軍人恩給なども防衛費に含まれているため、これらを計上し、さらに「安全保障の観点」から他省庁の予算もそこに入れて、GDP(国内総生産)比2%を達成できないか検討されているという。

 一方で、防衛省は長年、自衛官募集に苦労しているが、私は今回の「防衛力強化」が実現しても「募集問題」の解決にはつながらないと思っている。

 いつだったか、電車の中でたまたま聞こえてきた母娘の会話には苦笑せざるを得なかった。母親が娘に「結婚するなら警察か消防の人がいいわよ。自衛隊は危ないわりに処遇が悪いからダメ」とアドバイスしていたのだ。

 この母親の指摘はあまりに鋭く、否定のしようがない。昨今、子供が自衛隊を目指し合格しても、親が反対して諦めさせるケースが少なくないと聞くが、その背景が分かる気がした。

「精強性の維持」のため若くして定年になる

 自衛官は特別職国家公務員であり、警察や消防と比べて給料が低いわけではない。ただし、定年問題については「処遇が悪い」のは事実だろう。自衛隊では「精強性の維持」のため「若年定年制」をとっている。階級によって定年の年齢は異なり、2曹や3曹(外国の軍隊でいう下士官)は54歳で制服を脱ぐ。1曹と曹長、そして准尉、3尉~1尉は55歳だ。3佐と2佐は56歳、民間企業でいえば部長クラスに相当する1佐が57歳で、役員クラスの将官(将補および将)は60歳である。当然、退職後は年金が支給される65歳になるまで何らかの形で仕事に就く必要がある場合がほとんどだ。

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