自民党は教団との関係をどこまで誤魔化し続けるつもりか

「ママ友」の赤堀被告は、裁判で無罪を主張していた。子どもが餓死したのは、母親の責任とも語った。だが、判決では赤堀被告を、不合理な弁解や責任転嫁を繰り返し、「責任に向き合っていない」と断じている。

 統一教会は寄付について、高額なものはなく、あくまで信者の意向によるものであって、違法性はないとしている。しかし、そこに高額の基準もなければ、むしろ、碇被告がいうように「魔法」から解けないで寄付をする側とされる側の「支配」の構造があるはずだ。福岡地裁は判決で赤堀被告を「悪質な手口で主導した」と認定している。そして、こうも述べている。

「翔士郎ちゃんの保護が必要なことを認識しながら、その後も碇被告の収入を根こそぎだまし取り、食料の確保を困難にさせたもので、金銭欲や悪意による犯行に酌量の余地はまったくない。幸せな生活を送り、様々な経験をして成長する未来を奪ったことは取り返しが付かない重大なことだ」

 ここにある「幸せな生活を送り、様々な経験をして成長する未来」を奪われたと悲嘆に暮れる統一教会の元信者や、いわゆる「2世」だって、少なくはない。

 あらためて問う。このまま統一教会を放置しておいていいのか。

 そして、教団との訣別を宣言しながら、自民党とその国会議員は教団との過去の関係を誤魔化して、総括しないままで済ますつもりか。

 幸せな生活を送り、様々な経験をして成長する未来を奪うようなことが、繰り返されていいはずもない。